「良き社会のための経済学 著ジャン・ティロール」を読む
帯の宣伝
表
現代経済学の「知の巨人」が放つ、本当に役立つ経済学!
ノーベル賞受賞学者
初の一般向けの書
待望の翻訳
経済学は世界に開かれた窓だ…ジャン・ティロール
柳川範之(東京大学教授)推薦!
「経済学への情熱にあふれた本。
知の巨人が、経済の諸問題を快刀乱麻」
解説:北村之伸(一橋大学)
裏
ジャン・ティロール教授は語る
「本書は幅広い読者に読んでいただけるように書いた。
経済学を専門医学んでいる必要はなく、知的好奇心があって、現在の世界をよりよく理解したいという気持ちがあれば、それで充分である。」
「本書は多くの問題に警鐘を鳴らしたが、読者はその中から希望を抱く材料をきっと見つけられると期待している。
私たちに突き付けられた多くの難題には必ず解決策があるからだ。…「日本語訳序文」より
内側
l 「経済学は共通善に尽くし、世界をより良くすることをめざす。この目的を達成するために、全体の利益を高めるよう様な制度や政策を示すことが経済学の仕事となる」(「初めに」より)
l 経済学が社会全体の利益のためにできること、なすべきこととは何か。どう役立てることができるのか。どのような方法論でそれは可能なのか…・。
幅広い研究範囲を誇り、それらすべてにわたる優れた業績で知られ、世界の経済学をリードする「知の巨人」。ジャン・ティロール教授が一般読者向けにはじめてかいた経済学啓蒙書。
l 全編にわたり、経済学のあるべき姿を追究、市場と経済学に対する不信感が高まる中で経済学の在り方、経済学者のなすべきことを問うとともに、国家と市場の関係、企業組織・企業統治、気候変動、失業、ヨーロッパ経済、金融、金融危機、競争と産業政策、デジタル革命、イノベーション、産業規制など、世界が直面する様々な難題に対して経済学がどのような解決策を示すことができるのか真摯に論じる
614頁の大作です.
5部構成で
第Ⅰ部 社会と経済学
第Ⅱ部 経済学者の仕事
第Ⅲ部 経済の制度的枠組み
第Ⅳ部 マクロ経済の課題
第Ⅴ部 産業の課題
全17章あります.
この本は目的があって読んでいます。
なぜ経済学は死んだとか、2008年に中谷巌著「資本主義はなぜ自壊したのか」を読んで
ずっと違和感を持っていたからです。
違和感と言っても私は研究者ではありませんから学問的にはどうか知りませんが、リーマンショックは頭のいい奴が、弱い者からふんだくっただけのことで、目新しいことではない。それに資本主義は自壊なんかしていない、世界中資本主義にあふれている。
と思っていました。
その確認の為にこの分厚い本に挑戦しました。
経済学者が問題にしているのはP20にある「20世紀になって経済学はホモエコノミクス(経済人)という虚構にもとづいて自立的発展を遂げる」きたがその前提が崩れてしまった。
という事らしい。
では何が大きな問題かというと、解説で北村行伸がこう書いている。
引用
「合理的経済人という仮説(方法論的個人主義の上に経済理論を構築してきた。
その間に、社会学、法学、哲学、歴史学、政治学、といったかつての近隣分野とたもとを分かち、独自の研究方法や研究分野を切り拓いてきた。
この単純な人間像は、ほかの人文・社会科学の分野からは批判の対象となってきたが、ミクロ・マクロの数学的経済学体系を築く上では、大いに貢献した。
しかし、近年、脳科学、心理学、神経科学、ヒトゲノムなどの研究を通して、広い意味での人間行動に関するデータ蓄積が進み、必ずしも経済理論で想定したような合理的行動に従っているわけではないことが明らかになってきた。
さらに、多くの経済危機を経験して、経済理論の限界が強く意識されるようになってきた。
そして
ティロ―曰く「個人の行動や社会現象について、経済学者は他の分野から多くを学ぶべきだ。また逆に経済学の成果は、他の学問に新しい視点を提供できるだろう」
さらに、ティロ―はここで第二のマニフェストとでもいうべき宣言をおこなっている。
すなわち
「私たちは、社会科学が再統合される現場に立ち会っている。
再統合の歩みはのろいかもしれないが、必然だと言える。
何故なら,・・・・文化人類学、法学、経済学、歴史学、哲学、心理学、政治学、社会学は、皆同じ人間、集団、同じ社会を扱っているからだ。
19世紀の終わりまで、これらの学問は1つにまとまっていた。
それを復活させるべきであり、多くの学問分野が他分野の知識や技術に対して開かれた姿勢で臨む必要がある。
と引用している。
なんのこっちゃ?
というのが反応したいです。
学問がどう問題に向き合って解決するかというときに、額縁を設け、問題を明確に規定する、そして効率的に取り組むことは判っていたような気がする。
経済学が心理学の成果を借りて行動経済学をそれなり構築してきた。
でも心理学は経済学を必要としているか?
ゲノムを研究している人が経済学を必要としているか?と考える。
今、経済学よりもほかの学問分野が充実していているような気がするのは、私の勘違いか?
経済学は社会の仕組みを考える提案型の学問ではないのか?
再分配政策は共通善ではないのか?
存在感は合理的な活動を通したシステムの構築などで示すのではないか?
誰が国と企業の話ができるのか?‥‥ムム社会学。
経済学はどうも政治に偏る。
というより政策に関係しない経済学者って何をしているんだ?
経済学史を組み立てているのか?
教科書を作って学生に売っているのか?‥‥などという悪口が聞こえてきそうだ。
生涯学習者にはそんなに多くの学習時間がない。
もっといろんな学問の成果を一つの花束みたいに纏め上げてほしい。
無理な要望であるかも知れないがアクターにはリベラルアーツが必要である。
リベラルアーツ的には著者の言う「共通善」に至る手段をどう提示してゆくかが経済学者に求める共通解だったりするのではないか?
自分の興味ある事柄や問題意識に対する答えを探したり、創ろうとしたりする。
その手段としての経済学は大きく役立つだろう。
自己満足でもいいから自分の世界の統一を考える。
考えることを放棄するのは大きな問題だと考えている。
だからこの本はきっと再読する機会が近々にあるような気がする。
信頼とは何かを考えながら、書籍を媒介にして、生涯学習が行動の糧とするような前向きな発言を心掛けています。
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