週二日の営業です。

常設の小屋で落語を聞くことのできる人は落語文化を育てる役目を果たしてほしいと勝手に押し付けてみる。

と言うのも、地方都市で落語を聞くのは催事として文化センターとか○○会館で聞くしかない。

こんな環境で二つ目の、成長中の噺家を狙って聞くことはできない。

師匠と呼ばれる人によっては、地方公演の場合人数が多くて落語本来の客と芸人の関係で生まれる空気ではないとも言う.

そうはいっても名が売れて稼げるようになると地方回りをする。

そこに待っているのは、完成された芸に対する欲求度が高いことだ。

一度は良いが、何度か来るうちにテレビで顔を見る機会が多くても、あの芸にカネを払うまでもないと見捨てられることもある。

地方は評価者だと思える。

都内で常設の施設で定期的の行われている落語と地方で行われる落語は質が違うのだろう。

だから常設の場所で芸を育てて、地方で稼ぐ。

供給量が少なければそれなりに観客は入るが、需要量が一定であることは間違いない。

 

地方都市の、その奥の地方に入ると、週末だけ営業している食堂や喫茶店があったりする。

週末だけというのは、営業する人の都合で週末しかできないのか、客が週末にしかいないのかそんなところだ。

そんな地域に毎日営業している、食堂や喫茶店があったら、その店の平日は少ない客に対する営業でも、週末に稼ぐからとなんとか営業している期間があったはずだ。

週末の客の奪い合いがあれば当然経営は悪化する。

その結果週末2日の営業の店がかろうじて残る。

店主が営業している限りという限定が付く。

 

ジェーン・ジェイコブスは、都市の原理の中で、都市は農村から発達している、という定説を覆し、都市の経済成長が波及し農村地域を発展させると説いた。

新しい種類の仕事を開発するには多数の異なる資金源が必要だ。

何を優良な投資とみなすかは、人によって違うからだ。

実際には、こうした資本の「非効率的」利用が年を成長させる。

生態系の中心は常に都市にある。」と言っている。

 

人口が少なくなると言う事は、過疎をどうするかではなく、都市をどうするかに焦点を絞って、加速しないと

有限な資金源を有効活用もできず、枯れてゆくのを傍観するしかなくなる、週休五日が近づく。

 

先日○○文化センターで今年初めての落語を聞きました。
帰りのパンや県ケーキ屋さんによったところ年中無休だそうです。
機会があればまた寄ろうと思います。素朴なケーキ土産にしましたが評判良かったです。