永遠の初心者(生涯学習の在り方の一つを目指して)
「今あなたが考える社会で一番問題と考えていることは何か」と尋ねられたことがある
答えとして「世の中の変化が速すぎて、ついていけないと感じる人がストレスを抱えている事ではないか」言った記憶がある。
その時の答えとし相応しかったかどうかよりも、質問そのものにがいまでも記憶に残っていていくつもの答えを探している。
その一つを加える。
ケヴィン・ケリーの書いた<インターネット>の次に来るものの中にこんな文章がある。
未来のテクノロジー生活は終わる事のないアップグレードの連続となる。
第一にそれは、これから30年後の未来の生活を支配する重要なテクノロジーはほとんどがまだ開発されていない。
二つ目に、新しいテクノロジーは際限なくアップグレードを要求する
三つ目に陳腐化サイクルがどんどん早くなり、別のものに取って代わられるまでにそれを習得するだけの時間が無い。
三つの理由からずっとあなたは初心者のままとなる。
年齢や経験と無関係に、永遠の初心者こそがだれにとっても新たなデフォルト(コンピュータで、あらかじめ設定されている標準の状態・動作条件。初期設定。初期値)になる。
そして次の様にも言っている.
我々は心に渇望感を持たない限り、自分や集団の自我を拡張することが出来ない。だからテクノロジーによって自分の境界を拡張し、アイデンティティを収容する器を広げ続けている。
痛みを伴うかもしれない、激怒する人もいるだろう、すぐに時代遅れになりそうな機器を紹介する広告情報番組やウェブページにテクノロジーの高揚感はほとんどないが、進歩への道は平凡で退屈な日々の繰り返しなのだ。
もっと良い未来を目指すなら、こうした居心地の悪さを受け入れて対処しなければならない。
その先に
今までにこれほどのチャンスや、いろいろな始まりや、低い障壁や、リスクと利得の格差や、収益の高さや成長が見込めるタイミングはなかった。
今この瞬間に始めるべきだ。今こそが未来に潤び都が振り返って「あの頃に生きて戻れれば」という時なのだ。
質問者が本当のところ何を聞きたかったのか残念ながら今となってはわからないが、3段階の答えを用意すべきだった。
質問者が自分の持つ現状分析に確認をしたかったとすれば、おぼろげながら私の答えでほぼ了解してくれたと思う。
内容的に、より深く質問されたのに具体的な答えを聞けなくて、あなたの答えはそのレベルかと思われてしまって、終了してしまったのなら申し訳ない。
テクノロジーの現状がこうした問題を提起していることを具体的に話すべきだったのだと思う。
まして、そんなレベルではなく、テクノロジー環境はわかったうえで、初心者として質問しているのだからその先の何を始めるかという<テーマを共有したい>ということだったとすれば、大きな後悔を残す。
多彩な人生経験を踏んでいる人が、フワッと質問できる人、つまり未来の永遠の初心者であることを実践している人であれば、私の答えの中に質問力を強化した会話があってよかったのではないかと反省する気持ちがあって、あの質問を忘れられないのだと思う。
生涯学習に、永遠の初心者というキーワードを入れる時、新しい人間像というか、知ったかぶりする老人ではない、新しい人物像ができるのではないかと考えます。
写真はトーハクの落葉したユリノキです
