貴乃花に思う事2

貴乃花に思うことで書いた中で、重要なことと考えているのはメンタリングでも、コーチングでもいいから専門家に授業料を払って、時間を作ることを進めた。

その理由

商取引はどう価値のものを交換することで成り立つ。

棚の花の場合、インタビューされている内容を聞いているだけだが、自分の責任はきちんと果たす。

決断は自分がする。その陰に誰の意見にも左右されないでという言葉が隠されているように感じられる。

であれば、貴乃花には自分を映す鏡が必要だ。

 

例えば、自分にはこの人は信用できる。自分と価値観や意見のちがうところがあっても任せることができる。

そういう人がいる場合、そう思えるのが妻であっても、兄弟子供であってもいい。当然無二の親友という人もいるだろう。

そういう人は、自分の専門外だったり、判断に悩むことに関して、信じられる人の意見を聞き

数十パーセント取り入れるか、全面的に受け入れることをする。

 

そうでない人、私は、貴乃花はそうだと思っているが、責任感は強いが、自分で決めないと気が済まない。

そうした個性の持ち主に、誰かと話し合えばとかならまだしも、もう少し自分を抑えて我慢をすればという言葉ほど失礼なことはない。そういう言葉を発する人は、貴乃花が自分の責任と感じることを平気で人のせいにできる人だからである

何故なら、ヒトの意見を聞いたのだから云々という言い訳をして、ピョコッと頭を下げればすべてを流してしまえる人だからである。

 

さてそうでない貴乃花は自分の姿をきちんと見直し、自分の足りないところ、良いところ、改善すべき点、守っていかなければならない点を自分でチェックしなければならない。

その為には、自分を等身大にしてくれるプロにカネを払って、見つめなおすトコロから始めなればならない。

 

金を払う意味は、貴乃花が礼儀上の頭を下げることはあっても、対価を払っているので委縮することも相談内容の中身で遠慮することもない。対等な関係を瞬時に作り、プロという子からくる信頼関係を結ぶという意味

私の言うところのプロとは、貴乃花に何をサポートして欲しいのか、貴乃花は何がしたいのか、どうしたら具体化できるのか、聞いてくれる人で、意見してくれる人ではない。貴乃花が本当に何をしたいのかを突き詰めてくれる人、そしてそれを具現化するにはどうしたら良いか、貴乃花に問いただしてくれる人を言う。

 

今までの貴乃花は相撲という土俵のなかで希少で貴重な存在であることだけで良いはずだった。

何故かといえば,相撲協会がきちんと貴乃花を大横綱として育てたように、伝統を引き継ぐ理事長候補として育てるべきだった。

そうした器のない理事会でしかないことが判ったので、甘えることなく自分で成長してゆくしかない。

やっと独り立ちするチャンスに恵まれた。

しかし、今までの土俵はないと知り成長することを期待する。

 

機会をみて稀少で貴重な存在について考えを書き留めたい。