貴乃花に思う事
貴乃花の引退が決定した。前からこの問題に注目している
ポイントは2点その①これは典型的なパワハラではないか、②貴乃花の今後の活動についてである。
第一の点パワハラではないかという問題について
この件については元通産官僚の古賀茂明氏が「貴乃花引退で記者クラブはつぶした方がいいと思う理由」で詳しく書いているので
そちらを参照していただければ私が稚拙な説明をするよりも詳しい。
理事長が、相手が呼びかけに答えないし、呼びかけにも出てこないからこういう結果になりました。というのは完全なパワハラです。
信頼関係がないのに、有るふりをするのは良くない。
出てこられない、出てきたくない環境を自分で作っていることを想像できない人が最高責任者になってはいけない。
マスコミは天下の公僕としての責任を果たしているか?
当事者の言い分をそれなりの枠で乗せるのは正しいとしても、どちらもどちらだとか、もっと話し合えばよいとかいう表面的に流してし終わる姑息さは、マスコミとしての責任を果たしていないと言えないか?
「これは追い出せてよかったね」と言う本心をオブラートで包んで、あの人はすごかった、時代を作ったとかいう白々しいコメントを垂れ流し、問題の核心や改善策を提示していないところにいやらしさがある。
政治や経済といった複雑な問題よりも解り易いという意味で<たかだか相撲位で>と言わせてもらうが、マスコミは視聴率か?スポンサーか?相撲協会というコンテンツの持ち主に?忖度していることを疑わせてしまう。
そうでないとすれば、責任放棄です。
もっと複雑な政治や経済や外交やなど白黒つけにくい問題に対するマスコミの発する一つ一つを信用してよいのかという社会不信を増幅する。
自分で自分の首を絞めているとしか言いようがない。
将来に投資するという株主的視点からいえば、相撲協会は投資対象になるのかという問題である?
投資対象とは、より良き未来に限りある資源を有効に活用できる対象であるかという事を見分ける視点である。
問題を認識する想像力を持たない経営陣には問題がある。
あまりにも同質性を求めすぎ、とんがった意見や人物をあえて仲間としておけない。
排除の論理ばかりが働いてしまう。
異質なものをそばに置くことで新境地に向かい、新展開を図れることを判断の真ん中に置いていないリーダーは凡人だ。
どうしてそういう考えを持つ人を、なんとしても仲間に引き込んでおくことに努力しないのか
こうした組織に目を開かせ納得させることがマスコミの存在価値である。
貴乃花の価値は、その異質な意見を持っているところに尽きる。
相撲界にとって貴重価値であることを感じないのか?
その稀少価値が全てであって,それ以上の協調性や自分本位のところを問題視する必要はない。
貴乃花の問題点にはすべて目をつぶり、その貴重性、稀少性を買って育ててゆく事が相撲協会理事の仕事である。
なんでそうした宝を失う協会に対し、組織としての問題があることを指摘するヒトが出ないのか不思議だ。
今回の問題はすべて今までの自分の立場から発する問題である。
正義とか、倫理という言葉に対してどう誠実に向き合えるのか、風呂敷を広げた言い方をすれば、日本はリーダーを育成する価値観を見失ってきており、種々の出来事・人を評価するというスキルが不足しているのではないか?
そうした【評価をする力】を養うことをさぼってきてしまったのではないか?
本当に今、「メイドインジャパン」を、自信をもって推奨できるのか?
ルールをかいくぐり、ピョコッと頭を下げれば、それでおしまい。
そんな世の中にしてしまったのではないか?
危機感を覚える。
本当に日本株を買っていいっていいのか?
さて二番目の問題貴乃花はこれから何をするのかが今までの事よりも重要な問題
東国原氏が国会議員になればいいと言っていたのを聞いた。
子供相撲運動を広げてゆくのか。それもいいが何より先にすることがある。
孤高の人として隠遁したり、芸術家になったりする様子もないので、人間関係の中で生きてゆく事になろう。
であれば、まず、組織を作ることだ。
今ある組織の中で生きにくかったのだから新しい組織を作ればいい。
フレデリック・ラルー曰く、[組織作りで最も大切なことの一つは、自分が「いる」ことによって、組織に及ぼす影響力や自分が及ぼす良い面と悪い面をじっくり考えることにかなりのエネルギーを注ぐことだ。
その手段は、仲間や友人からのフィードバック、メンタリング、コーチング、読書、瞑想、自己啓発など自分にあいさえすればなんでもよい。」
人間関係のスキルアップにおすすめは、メンタリングでもコーチングでもいいから、専門家に授業料を払って、教えを乞う事だ。
そして新しい土俵で、個人的には参議院に出馬するくらいが時間的に許されるタイミングであろう。
相撲のど真ん中で勝負できないのなら新しい土俵で「相撲」を見直して、新しい時代を築いてほしい。
古賀氏ではないが、一度自分の意思が通じない世界を見ることで、新しい展開が生まれる。
是非とも、より大きな貴乃花をみたい。苦手だろうが発信してほしい。
このパワハラを昇華してどう処理するか、村社会をどう料理するか、より貴乃花のもつ可能性が魅力的に見えてきた。
こうした発言を贔屓の引き倒しという。
人は見たいモノだけを見、聞きたいことだけを聞く
相撲好きとして問題は身近にある。
