christmasを越えて、いざ年末へ | たんたんのhumming DAYs

たんたんのhumming DAYs

横須賀での
静かで穏やかな暮らしの中で
徒然なるままに
思った事、感じた事。
素直な心の動きを




こんにちは。



今朝は、、
珍しく太陽の明るさで
目覚めた7時過ぎっ



良く寝た感。


昨夜は
長男が深夜に帰宅
家でご飯を食べると言うので
用意したりで
全て片付いたのが、
午前1時過ぎ頃


それでも
眠りが深かったのか
寝た感満載
気分良し



いつも我が家のわんこ達が
お世話になってるトリミング店が
混んでいて予約取れず
なんと、取れたのがやっと今日。
いつもの年より
混んでるみたいな気がする


しかも

いつも9時過ぎて
迎えの車が到着なのに
お迎えの電話が7時半過ぎ
『これから、伺います!』と


初めてかも。
こんなに早いの。
慌てて送り出した2匹
2匹とも寝てたしね、まだ。







今年は
本当に静かなchristmasでした


まぁ、見事に
玄関外の
飾りつけのみで
いつも通りの暮らしぶり


radikoからは、
クリスマスなメロディは
流れましたが
ケーキも無いのは、
ちょっと、寂しかったかなーー
とも、思うけど
キッチリ
糖質制限を守ったって事で
いいかな



テレビは
普段
あまり付けないけど
何気なくつけたら

フィギュア、やってましたね

久々に見たなぁ。
いつぶりだろう。
10年くらい前
娘がモダンバレエを
習って夢中だった頃は
真央ちゃん全盛で



手足の伸ばし方や、
表情とか
勉強のために良く親娘で
追いかけて
見ていたものだ



久々に見た羽生くんも
顔立ちの雰囲気が
少し男っぽくなったかな



良く見ていた当時
あの顔で、
大人顔負けのコメントや
優等生的発言は
私のカンに触り
あまり、好きで無い


男の子は、
まして10代後半20代そこそこなら
ヤンチャがいい。
関係ねーよ、
俺が勝つ!的な
(ありゃ。どっかの子がいつも言ってる?笑)


技術も、
そこまで秀でているとも思えない
(何年も前に見た時の時点での感想)

この競技は
見た目
つまり審査するものの目と
世間の好感度を掴めば勝ちだな
と思っていた


久々に見た
羽生くんの
何かのお手本の様な
書いた様な
表情から始まる演技
相変わらずな〜



あー、でも
やっぱり
なんか違うな

背丈があって
脚も長いせいなのか
やはり見栄えがする

そして
綺麗だ
回転する姿とか
他の子と違うじゃん!

こんなに綺麗だっけ?
数年前とは違う
別物。



ジャンプして、
着氷からの
伸ばしていく脚のしなやかな
優雅な伸ばしていく様


へぇ
自信に満ちてるなぁ
その前まで
出場した子達も
良かったけれど
頑張り感が溢れていた
ガチガチに練習した感を
ひた隠しに隠して
演技してますと言う感じ
いやいや
それって。
羽生くん見るまで
そうとも思わなかった


彼は、
貫禄?余裕?
自然体で
なんて言うのかな
力を抜いて
滑らかさが違う気がした
すごいな、なんだか見入ってしまった

こう言う競技に見入るって
柔道以外になかったなー笑



羽生くん
練習量の違いなのか
持っているセンスや器量
指導者な優秀さの違いなのか
経験値なのか
他の子の演技とでは
デザインと芸術って感じだった
一つの芸術って感じた


まぁ、本当に
素直に素敵な演技だった
久々に感動。。。


その後の
コメントも
自分より人々の為に的な
コメントは
嘘っぽくて
やっぱり
私の中の羽生結弦だった


やっぱり
ファンにはなれないな




忘れもしない
何年か前に
夢に出てきて

悪者?(笑)に追い詰められた私を
救ってくれた男性

旦那かと思ってしがみついて
顔見たら
羽生結弦の顔で
えーって
ドン引きして起きた事がある

衝撃すぎて
忘れられない



そんなこんなの
1人クリスマスも
意外に楽しく過ごしました


さて、明けて
今日から年末へと雪崩れ込む


今年はコロナのおかげで
大掃除が
既にすみ
ほぼ1人暮らしでは
そんなに
散らからないし
物増えないので


大掃除もなく

年末年始に食べる物といっても
いつもと変わらず
なので
師走の足早な雰囲気を
のんびり楽しみながら
過ごせそう


三浦にいた頃は
この時期
忙しかったなぁ
二度と過ごすことは無い日々


今では、
手に入れることが出来ない程の
上等なマグロや刺身類
木箱のイクラやウニ
冷蔵庫に入り切らない
たらばや毛蟹

伊勢海老のお味噌汁
懐かしい


取引先から届く
豪華で食べきれない御節の数々

魚屋なのに
お肉でさえ
知り合いの方がいて
届けてくれていた
今では
まず家で食べることはない
ステーキやローストビーフも
夫婦と子供達4人で持て余すほどだった

それは、
良く考えたら正月だけではなかったな
あの家庭では
普段からだったんだ
忘れていた。。。


食の運は
あの時で使い切った気がする




野菜は旦那の実家で
取れたてだったし
豆腐でさえ、
豆腐屋の社長の奥様が届けてくれたり
海苔も、小田原の海苔問屋から届いた
お米は千葉の親戚から届いたし
お餅も、その頂く中の餅米を
和菓子屋さんに持ち込んで
のし餅にしてもらっていた
卵は旦那の実家の烏骨鶏のだった

思い出せば
沢山の方々から
贅沢なものを差し入れてもらって


嫌な思い出も沢山あったけど
すごい暮らしをさせてもらっていた
感謝しなきゃだな。
今となっては
その嫌な思い出も
薄れつつある


さて
今年の年越しは
どうしようかな。



あっという間に
今日もお昼。
radikoからは
ハワイアンがムード満点で
流れている


まずは、
のんびり、お風呂かな〜