今を生きる
この1週間で自分の中で大きく変わったこと・・・
それは、『死ぬ覚悟』ができたこと。
物心ついたころから、どうして自分は生まれて来たのだろう・・?
死んだらどうなるのだろう・・・?
と、幼心ながらにも、真剣に考えているような、ちょっと変わったこどもだった。
『神様、どうか私に真実を教えてください! そして・・・(長いので省略)・・・世界が平和になりますように!』
と、毎晩お祈りをしているような、そんな少女時代を送ってきた。
その後、宗教や哲学の本を読んだり、形而上学の勉強をしたりして、子どもの頃から、何となく感じて
分かっていた世界、つまり、自分というものは肉体だけではなく、魂のような、目には見えない、永遠
の存在があって、それは死んだ後も永遠に無くならないものだ・・・ということが、科学的な視点とス
ピリチュアルな視点、両方から考察しても、それは本当だということが分かり、自分自身で納得してい
るつもりでいた。
それでも、私は、死ぬのが怖かった。
頭では理解できていたけれど、実際、肉体から離れるということに恐怖を感じていた。
今は、その恐怖が無い。
テレビで、大津波が人家や逃げそびれた人々を飲み込んだ映像を見た。
そして地球や大自然の力というものは、私が、幼いときから神様と信じている力そのものであり、
人類がその領域に侵略したり、支配してコントロールするものではないということが、よく分かった。
今までの頭で理解するという理解ではなく、そうなのだと目覚めた感覚なのだ。
同時に、人間の肉体というものは、本当に入れ物なのだということ、
そして、スピリットが、肉体を離れたとき、それがいわゆる死であり、自然や宇宙のルールであること
が、自分の魂の深い部分がまるで昔の記憶を思い出したかのように、今までとは別の次元で分かった。
福島の原発事故や、広範囲で余震が続く中、
多くの人々が、その安全性につき、情報を集めるのに必死になっている。
西部や海外へ避難した人もたくさんいる。
どうして避難するのか? どうして情報を集めるのに必死になるのか?
それは、死への恐怖からくるものだ。
同時に、被災地へ赴いて、救命活動の応援をしたり、原発の被害を最小限にするために、
自身の命を犠牲にしても、日本を救おうと現場で必死に活動している人々もたくさんいる。
究極の愛とは、自己犠牲だ。
そして、その愛は、ハートから溢れ出てきた、まぎれも無く純粋なものだ。
ここに留まっていても、たとえ避難したとしても、いつどこで地震に合うのか、誰も分からないし、
放射能を被曝しても、しなくても、人は病気や事故で、肉体を離れる日が必ず来る。
私は、自分の肉体の命の源である、母なる地球の法則を敬い、受け入れる。
そして、私という存在と、母なる地球を創造した、宇宙(神)の法則を受け入れる。
だから・・・
肉体を離れるということに、執着はない。
生き残るということにも、執着はない。
ただ、私には、夢がある、希望もある。
それを成就せずに、この地球から離れるのは、ちょっと残念だ。
だから、命をかけて、今を生きたい。
私を目覚めさせてくれた、地球と人々に感謝しています。
ありがとう・・・
LOVE EARTH∞
それは、『死ぬ覚悟』ができたこと。
物心ついたころから、どうして自分は生まれて来たのだろう・・?
死んだらどうなるのだろう・・・?
と、幼心ながらにも、真剣に考えているような、ちょっと変わったこどもだった。
『神様、どうか私に真実を教えてください! そして・・・(長いので省略)・・・世界が平和になりますように!』
と、毎晩お祈りをしているような、そんな少女時代を送ってきた。
その後、宗教や哲学の本を読んだり、形而上学の勉強をしたりして、子どもの頃から、何となく感じて
分かっていた世界、つまり、自分というものは肉体だけではなく、魂のような、目には見えない、永遠
の存在があって、それは死んだ後も永遠に無くならないものだ・・・ということが、科学的な視点とス
ピリチュアルな視点、両方から考察しても、それは本当だということが分かり、自分自身で納得してい
るつもりでいた。
それでも、私は、死ぬのが怖かった。
頭では理解できていたけれど、実際、肉体から離れるということに恐怖を感じていた。
今は、その恐怖が無い。
テレビで、大津波が人家や逃げそびれた人々を飲み込んだ映像を見た。
そして地球や大自然の力というものは、私が、幼いときから神様と信じている力そのものであり、
人類がその領域に侵略したり、支配してコントロールするものではないということが、よく分かった。
今までの頭で理解するという理解ではなく、そうなのだと目覚めた感覚なのだ。
同時に、人間の肉体というものは、本当に入れ物なのだということ、
そして、スピリットが、肉体を離れたとき、それがいわゆる死であり、自然や宇宙のルールであること
が、自分の魂の深い部分がまるで昔の記憶を思い出したかのように、今までとは別の次元で分かった。
福島の原発事故や、広範囲で余震が続く中、
多くの人々が、その安全性につき、情報を集めるのに必死になっている。
西部や海外へ避難した人もたくさんいる。
どうして避難するのか? どうして情報を集めるのに必死になるのか?
それは、死への恐怖からくるものだ。
同時に、被災地へ赴いて、救命活動の応援をしたり、原発の被害を最小限にするために、
自身の命を犠牲にしても、日本を救おうと現場で必死に活動している人々もたくさんいる。
究極の愛とは、自己犠牲だ。
そして、その愛は、ハートから溢れ出てきた、まぎれも無く純粋なものだ。
ここに留まっていても、たとえ避難したとしても、いつどこで地震に合うのか、誰も分からないし、
放射能を被曝しても、しなくても、人は病気や事故で、肉体を離れる日が必ず来る。
私は、自分の肉体の命の源である、母なる地球の法則を敬い、受け入れる。
そして、私という存在と、母なる地球を創造した、宇宙(神)の法則を受け入れる。
だから・・・
肉体を離れるということに、執着はない。
生き残るということにも、執着はない。
ただ、私には、夢がある、希望もある。
それを成就せずに、この地球から離れるのは、ちょっと残念だ。
だから、命をかけて、今を生きたい。
私を目覚めさせてくれた、地球と人々に感謝しています。
ありがとう・・・

LOVE EARTH∞