●  2XY(=neuf ans plus x mois

 

<眼球運動と情動処理過程>に於ける<眼球スキャン型悪性情動処理効果>の有効性。

 

<眼球運動:上/下・水平/垂直・円弧(=向き付けの無い)運動の組み合わせ:眼球のスキャン運動>と<REM睡眠時と夢の相関・関連性>及び<悪性情動と辺縁系の関連>の精査。

 

●  2…年x月z日:同上。

 

・<記憶:通常は、”海馬”が、脳の解剖学的次元に位置付けられる構造的組織>となり、中核的機能として成り立っている。

 

・<“通時・共時的時空間と視覚”と“継時的時空間と視覚”との関連と差異>に関しての精査。

 

・<“脳”にとっての“時間”及び“時空間”とは“何か?”>

 

・<“視覚野”と“記憶”>から、<対象の眼球からの入力刺激→左右反転両側頭葉→後頭葉→頭頂葉と“前頭前野の機能”及び“辺縁系の関与”>とは?

 

・<視覚野:“意識対象=中心視野”と“外界=周辺視野”>の<通時性と共時性を中心にしたピクトグラム及びジクソーパズル化の構造的様相>をどの様に?捉えるべきか?→<Sv|Sv1・Sv2・・・・Svn-1・Svn:全体から部分/部分から全体⇒ミクロ→マクロ/マクロ→ミクロ=構造的動態⇒SigneX=Signifiant:Signe=Signifiant/Shignifie∩y=f(x)|x=Shignifiant1.Shignifiant2...Signifiant n-1.Shignifiant n:Lalangue→Langue→Langage

 

・<“言語”と“感覚(=知覚)”と“身体”と“時空間”の統合>とは?⇒Hegel+Husserl+Heidegger+Merleau Ponty+Chronos+Einstein+Saussure+Neuro-Science

 

・<ソシュールの構造言語学に於ける言語とは?>は、<Signe=Signifiant/Signifieで、“記号=シニフィアン/シニフィエ”>で、<視覚にとっての光源に為りうる対象は、根源的に波動源理の次元にある“超粒子”>という<光源物理学の対象>と為っており、この場合、<起源的には“盲点”と形容できる“超次元的現象”>で、<構造言語学の次元でしか“表記不可能”>で、言語次元に於ける表記の究極点には、<“Signe=Signifiant/X”という“記号(=全ての生物学的次元にある全てに及ぼす人体への刺激入力)=シニフィアン/X”>となり、<“シニフィエ”に該当する次元には、“X(=通常言語では、表現できない意味野で、原本的知覚刺激であるが、数学を中心とした科学)”で、“生物・物理学の科学的次元の言語”>として存立させることが可能となる。

 

●  2XYdix sept ans

 

体育祭に参加できたことに対して、安心感を持つことが出来たという確信が意識されていると同時に、「個別に体験された"特異体験”」が語られる。

 

「過呼吸」と「"傷を癒やす?”とは?"何か?”という"問い”」の出現体験。:担任が居ることでの安心感が有った状況下での"学校”での体験:<動的時間の変容感覚:スローモーション="原始的生命保存の原理”に委ねられている"進化論的生の保存”:主・客次元で意識される対象と自己意識の"意味論的認識の齟齬の出現”>⇒<存在意識野の次元に於ける"疎外感”>の出現。:「何故?学校にこだわるのか?」、「生きる?意味?が、在る?のか?」という<"起源的欲望の対象”と"意味論的存在”と"ハムレット的問い=To be or Not to be:構造的論理学的存在様式への問い(=A∩非Aなる論理式)”>の出現。:<思春期の"うつ心性”に伴う"論理的存在論的探求と模索の様相”と"思春期の言語的次元に於ける限界への直面”>を体験できたと考えられる。

 

また、「傷を見せる」、「自分は、"病気(≠病人)”」という発話から、<"思春期心性”の"存在欠如(=絶対依存の状態にある赤ん坊が、母親=大文字の他者に、退去命令を発令している状態を知らせて、安定した自己意識の原本の安定が保証されているように、人間は、根源的に欠如した構造として捉えることができ、「必要愛⇒要求愛⇒欲望」に至る発達・成長がある)”への"主体と言語次元の不完全性”と"同一視”>の<構造的精神力動の動態の脆弱性を軽視できない>という結論が見出される。⇒<医学に於ける"医の倫理”>の大切さに繋がっている。

 

フロイトの<トラウマと"死の欲動”>に関しての"精緻な再研究”の必要性を実感させられると同時に、<"思春期”の"jouissance(=大文字の他者の次元にしか有り得ない、何人も改変することが不可能な象徴的言語に規定された場で保障されるべき言語次元の未成熟さとSignifiantの不在)”と"自殺”>に関する命題の再考の必要性への感受性が問われるセッションになった。

 

●  捕捉:フロイト理論には、「生の欲動(=リビドー)」と「死の欲動(=デストゥリドー?)」があるが、後者に関しては、ラカン理論に於ける、<“主体”と“言語”と“大文字の他者”との構造的関係に必然的に構造化され出現する“joussance”>が理論化されており、<コトバを喋るフロイト的無意識の主体>が、<リビドー・エネルギーとして、“生産的な対象に備給”が不可能な次元を生きている>という理解になっても不思議ではない。

この論点には、<フロイトの無意識の科学>と<ラカンのシニフィアンの科学>の科学性に関しての解説が必要不可欠であることから、この紙面では論じないことにしておく。

 

●  仮説型メモ:

トラウマに関しての一つの仮説。

<小児~学童期中記に体験された“交通事故の被害者”に観られる“退行反射型の防衛機能”の精神力動動態の様相>に関しての仮説。

 

:思春期の症例を通して:

→<不快刺激に関して>の反応:①身体的及び精神的な拒絶反応の肥大化。➁身体的:筋硬直+発汗+呼吸困難+震え+眩暈+消化器系機能障害③精神的:保護的環境の不整備に対しての“強制された不条理さ”への“嘆き”+絶望感+反動的攻撃性の亢進+激しい焦燥感+希死念慮+存在に対しての脱意味化+抑うつ傾向の亢進。:悪性情動処理不全状態で、“同一性の原本”に為っている、“恒常的自己感覚の安定”の“急激途絶現象(=連続性のある知覚の途絶≒死:完全な対象喪失)”が起きていると考えられる。

 

⇒弓反射型の短絡型の“退行反射型の防衛反応”は、フロイトによれば、“反復強迫”の出現で、“死の欲動”との仮説に至ったが、“基本的論理的次元”には、“リビドーの備給対象”が、<何らかの“トラウマ型の暴力的受動体験”によって、“成長・発達過程にある対象の破壊”を体験し、“リビドー対象の剥奪(=生の保存原理の強制的途絶)”の精神力動>になってしまったと考えられるが、治療状況に於ける臨床場面では、“反復現象の出現”は、幾度も見られるが、“原始的退行反射型の防衛”と位置付けることが可能であれば、フロイトの“Trieb=欲動”の論理的理論化と合致すると思われる。

 

⇒すなわち、脳神経科学次元に於いても、かなり複雑なメカニズムが引き起こされている可能性が在り、<“辺縁系”、“自律神経:交感神経/副交感神経”、“迷走神経”、“錐体路/錐体外路”、“網様体”及び、“両側頭葉:脳梁との関連が重要”、“後頭葉”、“頭頂葉”及び“前頭前野”>の全てが、複雑に絡み合ったメカニズムになっている可能性が否定できない。

↓↓↓

⇒①<脳梁への両側刺激>による<“脱緊張”による“安定した自己感覚の再現”>への試み及び<超短時間の白石簡易型EMDRによる“眼球運動(=REM睡眠下に於ける眼球の動きに着目:夢とREM睡眠の動態運動の様相との相関性は、根源的には、脳幹に一番重要な網様体)”による“トラウマ場面のエファッスモン”>が、有効である。

⇒➁治療の過程で、“二次性の精神次元の問題”へのアプローチによって、<“レジリアンスの向上”が認められ、“三段論法”による“現実原則”の確保>は、良好になっていくが、<“悪性刺激(=言語表現も含めた)”に触れる状況>が体験されると、フロイトが記述した現象と同様に、<“反復強迫型の状態”の再燃>が繰り返されるが、<①に記述した治療的アプローチ>が、更に、<“超短時間”で、有効に作用する効果的状況>が観られる時期に、<“トラウマ”に関しての“心理教育的次元の治療的アプローチ(=jouissanceによる弊害の除去:何人も変更することが不可能な、大文字の他者の語り)”が有効に作用する>ことが実感される。

 

⇒フロイトの<無意識の科学>の正当性とラカンの<シニフィアンの科学>の“数学的科学性”が、<“如何に、大きな科学的命題”を“解き明かしていたか?”>が、明白な事実となったと思われる。

 

補足:

ASDの或る一群も、<“臨床的には、トラウマに類似する”“原始的退行反射型の行動”を呈することが在る>が、部分的には、<“自己感覚優位性”が、顕著になっていることが多く、①に示した“治療的アプローチ”>が有効である。