「あの人は。いつになったら
一人でバスや電車に
乗れるのかしら???
いつまで病気なのかしら???
考えてしまうと
ナーバスになるわたしがいます」。
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大晦日夜に。
そんなメールがわたしに届いた。
それは。
身内が身内へと送ったメール。
単に間違えて
わたしの元へ届いたものだった。
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この病気の「理解」は難しい。
・・・目には見えないものだから。
手も足もあるし
コトバも話せる。
何もかもフル装備に、見える。
ただ。
カラダとココロが
言うことが利かないだけの病気だ。
なまけてみえるのも
それは当然のことだし。
私自身も以前はそう思っていた。
仕事はおろか
家事も炊事も
動くことさえも全く出来ない日々があることなんて
信じがたかった。
「理解」は、ほぼ無理だろう。
こればかりは
実際になってみなくては
理解は無理な気がする。
だからこそ
理解はされないほうがいい。
その人が。
たくさんの人が。
苦しまない方がいい。
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「身内の理解は諦めている」と
豪語し、
ココロからそう思っていたつもりの
わたしにも
まだまだ
甘えがあったんだと
ガッカリしたような
それでいて
人としては安心したようなキモチになって
そのメールを一旦保護にして
やっぱり
解除した。
そのコトバの上っ面だけに
何か特別深いものを感じるようになることで
自分自身、
囚われたくはないと思った。
そのこと自体は。
全くたいしたことのない内容なのだから。
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わたしは、ラッキーなんだと思う。
大晦日の夜に
わたしの「今年の目標の一部」が
メールで送られてきたのだから。
ほんの少しでもショックを受けた現実ならば
それは自分の
味方にしてしまえばいい。
活力に・抱負に・目標に・してしまえばいい。
うん。確かに。
幸運な間違いメールだった。
今年のうちに、一人で。
電車にも
地下鉄にも
バスにも
乗れるようになろう。
出来ないことの説明や理由を考えることよりも
自分の本当に格好の悪いところを
他人様に
どんどんみせていくことにしよう。
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そのメールのことはなぜだか
夫には。
言えなかった。
わたしの宝物にしようと思っている。
こんな胃腸風邪なんか
サッサと治して。
ゆるゆるとリハビリ開始をしようっと☆
無理はしないヨー。
ゆるゆるいくヨー。
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あなたも
だいじょうぶ。
きっと
だいじょうぶ。
ゆっくり頑張ろうネー。
