パニック発作を起こした私は、一人佇み空を見た。
私が育ったのは「ヤマの町」。
実際、ものごころついた頃には、
もうヤマは閉山していて、
親に聞く、「かつての活気」など
もうこの町には微塵もなく、
人の少ない、
悲しい町だった。
私の父は11人兄弟の、
確か下のほうだったと思う。
じいちゃんは炭鉱夫。
炭鉱のハーモニカ長屋の一室で
夫婦2人と
子供11人が
重なり合うように生きていた。
当時のハーモニカ長屋の住所には
「○舎○号」と書かれ、それが本籍になる。
酔うと父はよく、
「オラは、○舎生まれよ。馬や豚とおんなじ。
炭鉱の人間なんてな、家畜と一緒だったのよ。
お前にわかるか?○舎って言われる人間のきもちがよ?」
と言った。
ばあちゃんは、
ヤマでは有名な美人で、
学はないけれどとても頭のいい人で、
そして勘の鋭い人だったと聞く。
貧乏人の子沢山だったから、
大黒柱のじいちゃんには
モチロン休みなど滅多になく、
毎日毎日、トロッコに乗って暗い穴倉へはいり、
毎日毎日、石炭を掘る。
そんなじいちゃんが休む日がある。
「あんた、今日はヤマに入ったらダメだ。」
いつも穏やかなばあちゃんが、
強い口調でキッパリと言いきる日。
じいちゃんはヤマへは入らない。
そんな日は決まって
穴の中で火災があったり、
崩落事故が起きて、
少なくない人が生きたまま穴に埋まる。
そして、
その家族は、数日後にはチリジリになっていった。
ばあちゃんはそうやって
じいちゃんを守り、
家族を守って、
私が生まれるのを待たずに
この世を卒業した。
戦前・戦中・戦後生きぬいて、
沢山の子供を育て、
ヤマで暮らし、
ヤマの中だけで人生を終えた
じいちゃんとばあちゃん。
ばあちゃんの不思議なチカラはただの勘などではなく、
家族への愛情と、
生きることへの本能。
自然に生き、
自然の声を聞き、
自然に抗わなかった、
「人間本来が持つチカラ」
だったのだと私は思う。
ばあちゃんもこの空を眺め、
この空に何かを祈っただろうか。
今日は寒い日で、
リハビリ途中にパニック発作を起こした私は
止まらない動悸と震えを
呼吸法で整えながら、
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
と空に祈った。
ゆっくりゆっくりだったけど、何とか帰宅できた。
「ありがとうございます。」
また、守られた気がする。
私は、一歩、そこへ近付くことができただろうか。
大丈夫。
私が守られたこの空を
ささやかだけれど
あなたへ。。。

