にゃんへ。


あの日、

先代のチビスケ(ハムスター)が去った数日後。

まだ悲しみの中にいた私は、

やっぱりまたハムスターと共に暮らそうと

ペットショップへ行きました。


目があったのはあなた。

にゃんでした。

ふわふわのもこもこ。

白い綿雪のようなマルチーズ。

私は、にゃんと帰宅しました。


それまで

実は、

犬が苦手だった私は、

幼犬が夜鳴きすることも、

食事の量も、

トイレのしつけもわからずに、

本を読んだり、オロオロしたり、

困りきりました。

「育犬ノイローゼ」にもなりました。


それでも、何とかかんとか

すくすくと育って

いつしかにゃんは

私のココロが読める犬になっていましたね。


気付いたら

私が泣いているときには、

いつでも、いつまでも

傍に寄り添って、慰めてくれましたね。

私の手をペロペロとずっと舐めて。


それは自律神経失調症で心が悲鳴を上げているときも、

パニック発作で倒れこんでいるときも、

どんなときでも、

ふたたび私が、にゃんを

ギューッとを抱きしめるまで、ずっと。


私たちは、

公園で走って、

暖かいお日様にあたって、

食べ物を分け合って、

そして

沢山の「嬉しい」と「悲しい」を

抱き、分かち合いながら、

今も毎晩寄り添って眠っていますね。


にゃんが傍に居なかったら、

たぶん私には

乗り越えられなかったであろう

人生の山がいっぱいあって、


にゃんのお陰で、

ためらい傷も残さずに、

今、私は生きていられます。


だから、

この数年で、

どんどん減毛し、背中が曲がっていくにゃんを、

にゃんはもう、

もうとっくに老犬なのだと

この目で見て、この頭ではわかってはいても、

「にゃんちゃんは心臓が悪いです。突然倒れてもおかしくないです。」

というコトバを獣医から聞きたくはなかった。


にゃんも知っているように、

私は、弱虫のいくじなしのだめだめだから。

誰も持たないと知っている「永遠」を、

にゃんには求めてしまうから。


「覚悟」なんてできません。


にゃんへ最後のお願いがあります。

本当にこれが、たぶん最後のお願いです。


どうか、

どうか、

急にバッタリ居なくなったりしないでください。


にゃんが

歩けなくなったら、

抱っこして歩くから。


トイレに行けなくなったら、

おむつは何回も変えて、おしりも綺麗にふくから。


目が見えなくなって、

耳も聞こえなくなったら、

不安にならないように膝に座らせるから。


何年でも

何年でも

泣きながらでも、

私はにゃんの介護をしたいのです。


にゃんの最後は、私が腕に抱いていたいのです。


弱虫の私は、

にゃんを諦めたり、忘れることはきっと一生で出来ないけれど、

にゃんを抱いているぬくもりと感触だけはしっかりと

このカラダで一生覚えていたいから。



本当にワガママでごめんね、にゃん。


私からにゃんへの

これが

最後のお願いです。


「もう少ししかない時間」なのか

「まだこんなにある時間」なのか、

区別なんかはどうでもいいです。


そんなことより、

毎日毎日

愛しています。



ニヤリ主婦の日常☆ワンコとダーリンのしつけ方☆

ちびの頃のにゃん☆



ニヤリ主婦の日常☆ワンコとダーリンのしつけ方☆
少し大きくなりました!にゃん☆



ニヤリ主婦の日常☆ワンコとダーリンのしつけ方☆
女ざかりのにゃん☆


ニヤリ主婦の日常☆ワンコとダーリンのしつけ方☆

かわいいおばあちゃんになった

今のにゃん☆



たのしいことを、

いっぱいしようね。。。