知り合いのアメリカ人に「何故、日本人は今でもクジラを捕って食べるのか?」と聞かれたことがあります。彼は「他に食べるものはいくらでもあるのに、世界中から非難されている今、敢えてクジラを捕って食べる理由が分からない。」と。

 理由を一言で説明するとしたら「伝統文化だから。」と言う事になるでしょう。日本人は、約8000年前の縄文時代からクジラを食べていました。千葉県の稲原貝塚で、石器(黒曜石で作ったヤリ)が突き刺さったイルカの骨が出ています。
 しかし、伝統文化は他にも色々あって、消えていく伝統文化もたくさんあります。クジラを食べる習慣が、何故今も残っているのか。クジラも「昔は食べたが今は食べない」となったしても不思議ではありません。

 「何故、日本人は今でもクジラを食べるのか?」に対する答えは何なのでしょうか。

 そもそも、縄文時代の日本人が、何故クジラを食べるようになったのかを考えてみよう。縄文時代から現代まで、日本の人口は下図のようでした。(コピペ元「図録▽人口の超長期繊維」)前述の貝塚からイルカの骨が出てきた8000年前は、縄文早期で人口2万人とあります。それから4000年後の縄文中期で26万人と、13倍以上に増えています。

人口の超長期推移

 人口2万人の頃、日本人のご先祖様たちは、おそらく山で木の実やキノコを採ったり、小動物や鳥を捕まえたり、海に入って魚や貝を捕ったりして、みんなで分けて食べていたのでしょう。
 日本には豊かな自然がありますから、食べ物に困る事もなく、生活は安定し、自然と人口も増えていったと想像できます。4000年かけて人口が13倍に増えたのは、そういう事だと思います。
やがて、そこらへんにある物を食べているだけでは食べ物が足りなくなるはずです。食べる人が13倍に増えるわけですから。

 そこで、ある人は農業を始めます。自然に成る物を山で探し回るよりも効率的に大量に安定して食べ物を手に入れるためです。漁業を始める人もいたでしょう。潜って魚を捕まえるのでは取れる範囲が限られていますから、より大量に食べ物を得られるように、道具や技術を進化させます。
 これは、ごく自然な流れだと思います。子供たちがお腹をすかせているんですから、食べ物を少しでもたくさん、安定して確保したい、というのは当たり前の気持ちだと思います。

 和歌山の太地町は海と山に挟まれた狭い土地でから、自然と目の前に広がる太平洋に目が向kかい、漁業が発達したのでしょう。縄文早期は、たまたま入り江に入ってきたイルカをヤリで突いて捕まえていたものが、より大きな獲物を得るため、少しでも陸から離れた沖へ、男たちは命懸けで出て行ったのだと思います。

 大きなクジラが一頭捕れたらしばらく食べるものに困りませんから、クジラが捕れたら、さぞかし嬉しかった事だろうと思います。陸で心配して待っている家族、陸で腹を空かせて待っている家族が喜ぶのは、男たちにとっても大きな喜びだったでしょう。よし、また次もデカいの捕ってやるぞ、というモチベーションにつながったと思います。
 人口が増えて、食べる人数が増えるに伴って、人間は確保する食べ物の量を増やす努力をして来たわけです。お腹が減るという事は死に近づくわけで、死の恐怖から逃れるために、みんな必死の努力をした事と思います。

 例えば広い土地がある地域では、田んぼや畑を増やして収穫量を増やしたでしょう。増えた収穫量は、やがて食べる量を追い越して、自分で食べるだけでなく、他の地域の人たちにも分けてあげる事ができるようになります。
 と言っても肉や魚は腐るので、輸送手段が発達していなかった昔は今ほど遠くまでは運べませんが、米は腐りませんから、遠くまで運ぶこともできます。だから日本人はみんな米を食べるようになったのではないでしょうか。

 そんな感じで、日本人の捕鯨もより組織的に発達し、必死の努力を続けた結果、近代では海外の遠い海にまで活動が広がり、日本国内での輸送手段の発達もあり、多くの日本人のお腹を満たすことになったのだと思います。

 要は「必死の努力」だと思います。そして、必死の努力で築き上げた道具や技術は、そう簡単に捨て去ることができないのです。
 細々とでも捕鯨の技術を残しておけば、いざとなった時に捕獲量を増やすことはできますが、技術は一度途絶えてしまったら、再開するのは大変です。

 また、死にたくないから食べ物を確保するために必死の思いで捕り始めたクジラです。その思いは深く心に刻み込まれ、代々受け継がれてきたのです。だから他の食べ物が豊富に手に入るようになったからと言って、止めるわけにはいかないのです。
 多くの食糧を輸入に頼る日本だからこそ、もし外国から食べ物が入って来なくなったらどうするの?という思いは、日本人なら必ず心のどこかにあるはずです。

 そんな感じで、捕鯨は継続されているのだと思います。