死刑囚にも基本的人権はあると。なるほど。

 でも権利を主張するなら、義務も果たせよ、と思う。人間社会にはルールがあって、罪を犯したら罰を受けるというルールなんだから。これは守らないとダメでしょ。
 ルールに従って行われた裁判で死刑になったら、それは死刑でしょ。死刑は基本的人権の侵害かもしれないけど、正式に定められたルールなんだから、そこは守らないと。でないとルールがメチャクチャになってしまうよ。

 それでも死刑は基本的人権の侵害だからルールを変えよう、死刑は止めて終身刑にしよう、という考えも理解はできる。それはいいとして、そもそも罰を与えるためにやってることということを忘れてませんか?基本的人権を守ることばっかり考えて、人間社会のルールを決めているんだという、一番大事なことを忘れてませんかね。

 毎日飯喰って適当に運動して簡単な作業して風呂に入って、病気になったら医者に診てもらえる生活って、罰になってますか?たまに「飯が食いたいから刑務所に入りたかった。」なんて言う犯罪者が居ますが、言う通り、これは受刑者に対する罰になってないということでしょう。
 しかもそれらにかかる費用は全て国民の税金ですよね?これでは誰に対する罰なのか分からない。

 国民が「刑務所に入りたくない。」と思うような刑務所にしないと、刑務所を運営する意味がないよ。そもそも罰になってないし、従って犯罪の抑止にもなってない。

 まずは「刑務所に入れば仕事しないで飯が喰える。」という待遇を改めないといけません。受刑者は毎日自転車こいで発電させて、発電して売電した量に応じて食べ物を支給するのはどうだろう。
 やりたくもない仕事をやらされるのは憲法で保証されてる「職業選択の自由」が守られてないと思いますか?でも刑務所の外で仕事している人も、全員が自分の好きな仕事をしてるわけじゃないですよね。それが現実です。みんな好きでもない仕事を我慢してストレスを抱えて頑張って生きているんです。受刑者だけが好きでもない仕事を拒否する権利を与えられるのは理不尽です。

 勘違いしてはいけません。職業選択の自由とは「好きな仕事ができる。」ではなく「その仕事ができない理由が差別であってはならない。」という意味です。
 歌が下手だからという理由でその人が歌手になれないのは、職業選択の不自由とは言いません。その人の能力の問題ですからね。歌手になれない理由が、本人の能力や努力ではどうにもならない、例えば黒人だからとかだったら、それは職業選択の不自由です。これは基本的人権の侵害です。
 罪を犯した罰が理由で一般社会で働けないのは、職業選択の不自由とは言いません。本人が罪を犯して刑務所に入らないようにする努力を怠ったからです。これは差別ではないので、基本的人権の侵害ではありません。



-<以下引用>---

死刑代案:日弁連委、終身刑の導入提言 仮釈放なし

 日本弁護士連合会の死刑廃止検討委員会は、死刑の代替刑として仮釈放のない終身刑の導入を求める基本方針を決議した。日弁連の内部機関が終身刑の導入を求めるのは初めて。今後、日弁連全体の統一見解として提示できるか、執行部などで検討する。

 決議されたのは先月30日。内容は「死刑のない社会が望ましいことを見据え、わが国の刑罰制度を見直す」必要があるとし「死刑を廃止し死刑に代わる最高刑として仮釈放のない終身刑を導入する」ことを呼びかける。「死刑制度の廃止が検討されるまでの間、死刑の執行を停止する」ことも求める。

 仮釈放のない終身刑は日弁連内でも「社会復帰の可能性を閉ざす」との反対意見があり、基本方針は「恩赦」による釈放の余地も残している。

 日弁連は08年、超党派の国会議員グループが主張する終身刑の導入に「無期刑の事実上の終身刑化をなくし、死刑の存廃について検討せず、新たに終身刑を創設することに反対する」との意見書を出していたが、死刑廃止に向けたステップとして、初めて終身刑の導入方針を打ち出した。

http://mainichi.jp/select/news/20120906k0000e040204000c.html