戦場に山本さんを駆り立てたのは「戦争をなくしたい。戦争を一刻も早く終わらせたい。」という思いだったそうです。そのために山本さんは「戦争で苦しむ人たちの姿」を世界に伝え続けて来たのだそうです。

 山本さんが命懸けで撮った映像や写真は、どれだけ世界に伝わったのか、を考えると切ないです。テレビのニュースで数秒流れたぐらいじゃないでしょうか。
 僕はシリアがアラブの春から独立運動が盛り上がってたのは知っていました。そして最近は国連の治安維持活動が期限切れで終了することも知りました。
 でも、山本さんが命をかけて本当に伝えたかった、戦争で苦しむ人たちのことは、何も伝わって来ませんでした。

 皮肉なことに、今回、山本さんが死ぬことによって、やっと山本さんが撮影した映像がテレビで流れたりして、多くの人の目に触れることになったという、悲劇。

 日本人にとっては「戦争で大勢の兵士が死んだり大勢の女性や子供が苦しむこと」よりも「日本人のジャーナリストが一人死んだこと」の方が大ニュースなんだなあと、改めて実感しました。

 これは日本人に限ったことではなくて、考えてみたらどの国でもは当たり前のことですが、こんなんで世界は平和になるんだろうかと思いました。

 

-<以下引用>---

邦人ジャーナリスト死亡 山本美香さんと確認 シリア北部で取材中 遺体、トルコに搬送

$西暦2000年問題を考える

 中東の衛星テレビ、アルジャジーラなどによると、内戦状態のシリアの北部アレッポで20日、日本人女性ジャーナリストが取材中に戦闘に巻き込まれ死亡した。女性の遺体は同日夜、トルコ南部キリスの病院に搬送された。日本の外務省当局者は21日、この女性をフリーの山本美香さん(45)と確認した、と述べた。

 山本さんと行動を共にしていた佐藤和孝さんが在トルコ日本大使館関係者に、遺体を見て本人に間違いないと説明したという。昨年3月にシリアで反政府デモが本格化して以降、日本人が戦闘の犠牲になったのは初めて。

 山本さんと佐藤さんは独立系メディア、ジャパンプレスに所属し、紛争地取材で知られるジャーナリスト。ジャパンプレスのホームページによると、2人はシリアでの取材結果を日本テレビの番組で報告していた。

◇ 日帰り取材、中継を予約

 山本美香さんは、同僚の佐藤和孝さんらと共に同日午前、トルコ南部キリスのホテルからシリアに入った。日本のテレビ番組で取材結果を報告するため、同日夕までにキリスに戻ってテレビ中継車を使う予約をしていたが、そのまま帰らぬ人となった。

 電話取材に応じた同ホテルの従業員や現地の通信社記者らによると、山本さんと佐藤さんは19日、キリス周辺で英語とアラビア語、トルコ語の3カ国語ができる通訳を探していたが見つからなかった。

 20日朝にはホテル従業員に「シリアに向かう」とあいさつし、アラブメディアで働くトルコ人の記者とカメラマンの計4人でアレッポに向かった。ホテルには荷物を残したままだった。

 テレビ中継車を使う予定だった夕方になっても4人が戻らず、現地の通信社記者のもとに「山本さんがスナイパーに首を撃たれた」「トルコ人2人はシリア政府側に拘束された」との情報が寄せられた。

◇ 迷彩服の一団が乱射 佐藤和孝さんが日本テレビに状況語る

 「逃げろと声を掛けた。20~30メートルなかったと思う」。内戦状態のシリア北部アレッポで20日、死亡した日本人女性ジャーナリストの山本美香さん(45)と行動を共にしていた佐藤和孝さんが日本テレビに当時の緊迫した状況を語った。

 佐藤さんによると、前方から迷彩服の一団がやって来るのが目に入った。先頭にいた男はヘルメットをかぶっていた。政府軍だと思った佐藤さんは捕まらないよう山本さんに声を掛けた。

 その瞬間、迷彩服の一団が銃を乱射。その距離はわずか20~30メートルで、一緒にいた各国のジャーナリストらは散り散りになって逃げた。

 その後、佐藤さんは病院に行くよう指示を受けた。そこには至近距離から腕などに銃弾を受けて死亡した山本さんの遺体が横たわっていたという。

 一緒に行動していたレバノン人やトルコ人ジャーナリストら3人が行方不明になっており、アサド政権側の部隊に拘束されたとの情報もある。

◇ 突然の悲報 知人ら「取材姿勢は慎重だった」

「こんなことになるなんて…」。紛争地での取材経験が長いベテランの突然の悲報に、山本さんを知る人たちは言葉を失った。

 フリージャーナリスト、綿井健陽さん(41)は「彼女は1990年代半ばから、パートナーの佐藤和孝さんと一緒に中東だけでなく、旧ユーゴスラビアなどを渡り歩いた。何でもこなせる記者だった」と振り返り、「取材姿勢は慎重だった。信じられない」とショックを受けた様子。

 ジャーナリスト集団「アジアプレス」の石丸次郎さん(50)は「最近では、山本さんと佐藤さんのコンビが紛争地帯の場数を一番踏んでいる日本人ジャーナリストだったのではないか」と話し、「むちゃするタイプではない。彼女ですら防げなかったぐらい、シリアの戦闘が激しかったということか」と話した。      (共同)

◇ 「紛争地帯で懸命に生きる人が好きだ」

 シリアで死亡したジャーナリストの山本美香さん(45)と親交のあったジャーナリスト、古居みずえさん(64)は「彼女はよく『紛争地帯などで一生懸命に生きている人たちがとても好きだ。彼らの強さを伝えたい』と話していた。危険と隣り合わせの仕事だったが、その危険がまさか彼女の身に降りかかるなんてショックだ。悔しい」と話した。

 古居さんによると、山本さんは昨年3月11日の東日本大震災の直後、被災地入りして取材し、宮城県気仙沼市の桟橋で津波に襲われた地元住民らを取材していたという。古居さんは「ぐいぐいと人の中へと迫っていく彼女らしい取材をしていた」と振り返る。

 古居さんが山本さんと最後に会ったのは昨年12月、古居さんが撮影したイスラム社会の女性を描いた映画の上映会を都内で開いた際、山本さんがトークショーに参加した。古居さんは「戦争や内戦の中で生きているアフガンやイラクの子供たちの話を熱心にしていた」と振り返った。

http://photo.sankei.jp.msn.com/essay/data/2012/08/0821syria/