こういう殺人事件、特に犯人が少年だと、情状酌量とか精神鑑定とか「まだ子供だから」とか、一般的には色々なことを考慮されますが、僕はそういう考慮は必要ないと思います。

 犯罪に走るにはそれなりの理由や動機や原因があるのは当然です。誰にでもあります。そんなことを考え始めたらキリがないし、はっきりとした基準がなくなってしまうので、何が正しいのか分からなくなってしまいます。
 だけど裁判官は「分からなくなりましたー」とは言えないわけで、何らかの判決を下さないといけません。それなら犯罪の結果だけを見て機械的に判決を出せばいいと思います。それ以外に誰もが納得するような平を保つ方法はないと思います。

 殺意があろうがなかろうが、殺した結果だけを見て判決を下せばいいんです。殺すつもりで刺しても結果的に相手が死ななければ殺人罪は成立しません。そこに殺意は関係なく、あるのは結果だけです。
 もし「殺意があったから殺人罪」になるのなら、被害者が死んでなくても殺人罪は成立するはずです。殺人罪と殺人未遂罪の違いは結果です。結果で判断しているのであって、殺意は関係ありません。

 だいたい人を刺す時に殺すだの殺さないだの考えて刺しますか。そんなことを冷静に考えて刺さないと思います。仮に冷静に考えたとしても、その時殺意があったかなかったかは、たいして重要なことではないと思います。

 結果として死んでしまったら、殺意があろうがなかろうが、そんなの何の意味もないことです。犯人が死刑になろうが無期懲役だろうが、失われた命は戻りません。

 被害者のご冥福を祈ります。そして遺族の方々に心からお悔やみ申し上げます。


-<以下引用>---

光市母子殺害、元少年死刑確定へ 最高裁、上告棄却 

元少年の死刑確定へ
 1999年の山口県光市母子殺害事件で殺人や強姦致死などの罪に問われた、犯行当時18歳1カ月の大月孝行(旧姓福田)被告(30)の上告審判決で、最高裁第1小法廷は20日、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。金築誠志裁判長は「少年だったことを考慮しても刑事責任はあまりに重大だ」と指摘した。一、二審の無期懲役が最高裁で破棄された後、広島高裁の差し戻し控訴審判決で死刑とされる異例の経過をたどっていた。

 最高裁が故永山則夫元死刑囚(90年確定、97年執行)の最初の上告審判決で死刑適用基準を示した83年以降、死亡被害者2人の事件で犯行時少年の死刑が確定するのは初めて。

 【おことわり】光市母子殺害事件の被告は事件当時、未成年だったため、本人を特定できるような報道を禁じる少年法を尊重し、匿名としてきましたが、実名に切り替えます。死刑が確定することで更生、社会復帰に配慮する必要がなくなり、上告審判決に対する訂正申し立てでも量刑が覆ったケースはないためです。