宮越家は、
青森県中泊町尾別に位置する旧家で、特に大正時代に建てられた離れ
「詩夢庵(しむあん)」と、それを取り囲む枯山水・池泉庭園の「静川園(せいせんえん)」で知られています。離れ「詩夢庵」の窓を彩るステンドグラスは、日本のステンドグラスのパイオニアである小川三知による最高傑作と評価されており、静川園は日本画家橋本関雪の「白沙村荘」の影響が見られる県内最大級の庭園です。
宮越家の歴史と特徴
旧家としてのルーツ:
宮越家は加賀国(現在の石川県)から江戸時代前期に中泊町尾別へ移住し、代々庄屋を務めるなど、地域の発展に貢献してきた歴史を持ちます。
「詩夢庵」と「静川園」:
9代当主の正治が、大正9年(1920年)に夫人の誕生日を祝して建立しました。
詩夢庵::大正浪漫あふれる空間で、建具や調度に贅が凝らされ、特に小川三知が制作したステンドグラスが特徴です。当時のデザイン潮流を取り入れつつ、「和」の意匠が巧みに織り込まれた技術的な粋が凝縮されています。
静川園::大石武学流庭園、枯山水庭園、池泉庭園の3種類の庭園で構成されています。越前地方から運ばれた石造文化財なども配置され、多様な景観を楽しめます。
文化財としての価値:
平成30年12月に町有形文化財(建造物)および町記念物(名勝)に指定されており、国登録文化財を目指して整備が進められています。
ネットより
興味のあるかたは、
YouTubeで検索してね😉
上の姉夫婦とわたしら夫婦の4人で
予約していた「宮越家」。
義兄が骨折し入院したため、
急遽、下の姉が代わりに行くことに。
今は🍎作業が大忙しの時期。
本当ならば、
収穫を終える11月中頃までは、
ノンストップ!で、
仕事を休んで行楽に出掛けるなんて、あり得ないのです。
でも、
「宮越家」を観れるのは
春と秋の数日間だけ。
イギリスの大英博物館に宮越家の襖絵と対になっている襖絵があるということがわかり、
珍しく、
夫がとても興味を持って、
一度は観たいと
ふたりで行くはずでしたが、、、
宮城にいる上の姉が「わたしもどうしても行きたい!」となって、
知り合いにチケットを4枚お願いしたのでした。
なんと、チケットは発売当日6時間後には売り切れたんですって😲
1日100人×7日間で
700名の受け入れなのかな?
前日の夜7時頃に高速バスで上の姉は来ました。
バスターミナルに夫と迎えに行って。
翌日は8時半出発なので、
10時頃には寝たんです。
翌日、
下の姉と4人で1時間程かかる中泊に向かいました。
とっても
お天気が良くて、
気温も25℃で気持ちの良い日でした。
役場からシャトルバスが出て、
10人乗り込みました。
ボランティアガイドの方が中泊のいろんなお店の紹介、宣伝を楽しくお話して下さいました。
15分ほどで「宮越家」に到着。
その日は秋の公開の初日の初便だったので、
多くの報道陣がいました。
テレビカメラも3、4台来てました。
現当主さんのご挨拶もありました。
中に入る前に荷物は全部預け、
カメラかスマホだけ手に持つことが許されました。
夫が何気に柱に持たれかかったら、
すぐに
注意されたのです。
老朽化が進んでいるので破損しないように、
スタッフさんは
気を配っています。
ボランティアガイドさんの説明のひとつひとつが素晴らしく、感動でした。
襖絵とステンドグラスはやはり、
生で観て良かったです。




宮越家を見終わった後、
なんと取材を受けました。
わたしは津軽衆なので、
お断りして逃げたら、
上の姉が捕まって、
テレビカメラの前で何やら話してました。
遠くから写真を撮りました😆

その様子が
夕方のニュースに放送されたんです。数秒間でしたがドアップで写し出されたんです😆
夫も顔が写りました。
わたしは2回程、後ろ姿が写りました。
テレビを観たよ!と友達からラインが入りました。
よくわかったね~なんて、
笑いました。
「宮越家」の後は
太宰治の生家「斜陽館」を見学しました。

とにかく広い。
後に旅館として使われていたのも納得です。
夫は高校生の時に部活の大会の時、
仲間と泊まったことがあるんです。
思いがけなく、
三姉妹(+わたしの夫)で出掛けられてとっても楽しかったです。
子供たちや孫たち抜きで過ごせたのは、12年ぶりかも。
上の姉家族が震災に遭って、
家が半壊し、引っ越しの時に下の姉と一緒に手伝いに行った時、以来です。
朝に出掛ける前に
姉たちが
わたしの口紅の色が良いって褒めて、
ふたりして、
「貸してちょーだい!」って言って
わたしの口紅を塗ってみたりしたことが
一番楽しく嬉しかった1コマです。
今度は3人でどこかに行こうよって盛り上がりました。