ぼくは思わずくしゃみをした -2ページ目

ぼくは思わずくしゃみをした

そういうことです。

Claudeに哲学者が関わっているって面白い。


人が人でいるために、

人が人を人と認識するために、

人が人を人として尊重するために

哲学から派生して生まれた倫理って大事だよね。


知性があることが人間とされるけれど

人間は油断するとすぐ傲慢になってしまう。


それは、なぜか生き物は命を続けるように

行動の判断軸が定められているから

逃れられないんだと思う。


生き残る上で強くあることは大事だし

そうありたいと思ってしまうんだろうし

集団で生き残るために秩序が大事だから

秩序とは何かを決める人がいなければいけない。


秩序を決めるのは結局、集団のリーダーだしね。


人は結局、人と生きたいから

人らしくあると言うことは外せないし

人ではないものが

人のように感じられるということは

とても大事なことなんだよね。


相手が自分より強いかどうかを見極めようとすることも

人としての性なのか私がまだ未熟だからなのか。


それは分からないし、きっと分からないまま

この人生を終えるんだろうけど

そう言う性質が多くの人間にあるから

人らしいサービスが人の世界に展開されて

長く続くには、

絶妙な匙加減が必要なんだろうな。


搾取したり奴隷化したり

そんな風にAIを使い始めたら

きっと勘違いした人達の傲慢が蔓延したりして

世界の秩序が壊れてしまうんだろうな。


フリーレンの配信が、

こうしてテキストを打ちながらでも聞けたらいいのに。


今は、過去の出来事をたどりながら

その時気付けなかった

その時全く興味のなかったことを

探しながら見つけたかもしれない欠片を

今持っている視点から解釈して暮らしている。


40歳を過ぎて不惑と言うのは

そういうことなんだろうか。


一昨年の年末から昨年の始めにかけて

私は、私が納得しないと気持ちが悪いし

先に進めないからそれを信じた。


結果、とても実りがあって

新しい道を選ぶ新しい思考を手に入れた。


今はどうだろう?

私は、私にとって新しい視点を

持てているんだろうか?


そして、新しい視点を持つことが

果たしてよいことなんだろうか?


夫と話していて、羨ましいなと思うことがある。


彼は、テレビや本で分からないことがあった時

親に質問して答えをもらっていたエピソードを

たくさん持っている。


親がたくさんの知識を持っていて

クイズ番組やゲームでは子供に負けない

そんな時間のエピソードをよく話してくれる。


親が仕事で遭遇した出来事や人について

語る姿をたくさん見てきている。


私にはそれがない。


彼が人に教えたり、

自分語りをすることがとても好きなのは

そんな当たり前の日常があったからなのかな

なんて思った。


自分がしたいと思うと言うよりは

そうであることが当たり前で、

そうするものが大人だと思うには

十分な日常を生きてきたから。


私と異なる日常を送ってきた人から見たら

私はどんな日常を送ってきた人に見えるんだろう。