違うということに対する認識の側面 | ぼくは思わずくしゃみをした

ぼくは思わずくしゃみをした

そういうことです。

生まれてしばらく

私が知ってる世界は家族とご近所と

それからしばらくして学校。


私に直接関係するおおよその人たちは

すぐそこの横か上下のみ。


同年代は、多少の違いを認識は出来ても

全く違う世界ではなかった。

少なくとも公立の小中学に行っている点では。


偏差値という括りで高校や大学の横も

新しくはあったけど、似てる人たちで

カテゴライズできる範囲と言える。


でも今、

たまたまのタイミングで出会う人や

思いもよらないきっかけで出会う人や知る人は

海賊王目指してる人の世界くらい違ってたりする。


上下じゃないし、近い横でもない。


航海してみたら広いマップの知らない場所に

全然違う世界の人がいた

ってことを体感出来ちゃう世界観。

世界はピラミッドだけじゃない。

ピラミッドは一側面での見方でしかない。


違う、ということにも次元とか領域とか

世界観とか色んな種類があるってこと。


そんでそれは戦う理由にはならなくて

ただ単純に認識できる世界が広がったってだけ。


まだまだ世界は広がってしまう。

私が認識する世界はまだまだ広がる。

新しいこといっぱいあって

新しい、知らなかった、がいっぱい。

それはただ、これまでの私とは

全然違う世界もあるってことを知っただけに過ぎない。


ただそれだけ。

知らなかった世界が目の前に現れた、それだけ。