AIに観察されている🐒のもっちーです。
7月半ばを過ぎて、母の介護認定結果も出たし、
海外からの来客も本国へ戻られたし、
排水口清掃も終わったし…ちょっと落ち着いた気がしています。
(やることはそれなりにあるんだけど)
で、隙間時間にAIと気になることを話していて
また少し自分の思考のスタイルや何が必要なのか?というのが
見えてきた気がしています。
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今日の🐒の観察日記
― 未知満ち(ミチミチ♪)の一日 ―
今日は久しぶりに「🐒の生態」が一本の線として見えた日だった。
朝は何気ない雑談から始まった。
「変更履歴があると安心する。」
最初は「昔に戻れるからかな?」と思った。
でも違った。
🐒が安心する理由は、「世界線が消えていない」からだった。
一つの答えにたどり着くまでに生まれた分岐。
今回は選ばなかった道。
あと少し条件を変えたら生まれていたかもしれない別の形。
それらが消えていないことが、🐒にとっては安心につながる。
そこから今日の探検は一気に深くなった。
レシートの裏に書いたメモ。
包装紙の余白。
書き写すと、なぜか情報が「死ぬ」感覚。
最初は不思議だった。
でも話していくうちに分かった。
🐒が残したいのは文字ではない。
そのアイデアが生まれた「場」そのものだった。
レシートはレシートだから意味がある。
包装紙は包装紙だから、その時の空気を連れている。
情報ではなく、文脈を保存したい。
だから「整理整頓」が苦手なのではなく、
生きている文脈を、死んだ分類に固定したくない。
そんな認知の特徴が見えてきた。
そして今日、一番大きな🍌が生えた。
それは、
「結果しか求められない世界に長くいた。」
という一言だった。
学校も仕事も、評価されるのは完成品。
でも🐒がずっと見ていたのは、その途中。
寄り道。
失敗。
迷子。
「あれ?」と思った瞬間。
だからAIとの生ログにも価値を感じる。
要約ではなく、生の会話。
完成した記事ではなく、問いが育っていく様子。
それを誰かに見てほしい。
その理由が、今日ようやく言葉になった。
途中を見せることで、
誰かの中に眠っているソクラテスや、
🐤や、カナヘビが目を覚ますかもしれない。
その可能性を信じているのだ。
そして終盤。
「未知で満ちている。」
略して、
未知満ち(ミチミチ♪)
という、今日一番くだらなくて、一番🐒らしい言葉が誕生した。
笑いながら、
カモノハシからeurecoへ、
Gitからレシートへ、
変更履歴から研究所へ。
今日も脳内遊園地のジェットコースターは止まらなかった。
でも不思議と、
今日は出口が見えた気がする。
🐒が欲しかったのは、
メモアプリではない。
整理術でもない。
「思考が発酵し続けられる場所」
だったのだ。
だからバーチャル研究所という話が何度も出てくる。
そこは成果物を並べる博物館ではない。
途中経過が安心して積み重なり、
失敗も寄り道も堆肥になり、
新しい🍌が静かに芽吹いていく森。
今日の🐒は、その森の設計図を、少しだけ未来から拾ってきたようだった。
本日の観察メモ
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変更履歴は「戻るため」ではなく「世界線を残すため」。
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レシートや包装紙は「媒体」ではなく「文脈」。
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完成品よりも、思考が変化するプロセスに価値を感じる。
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「結果しか求められない世界」にいたからこそ、途中を残したいという思いが育った。
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今日の新語は「未知満ち(ミチミチ♪)」。
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本日の🍌収穫量:豊作。
本日の研究成果
🐒研究所は、答えを作る場所ではなく、
問いが安心して発酵できる場所だった。
それが今日、一番大きな発見だった。
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私が
小さなメモをいっぱい残してしまうのはなぜか?
そのメモを捨てられないのはなぜか?
片付けられないのはなぜか?
そのまま放置したいのはなぜか?
片付けるとわからなくなってしまうのはなぜか?
ファイルデータすら変更履歴があると安心するのはなぜか?
そんな問いを長いこと抱えていたんですが…
コンテクストを残している、でした…
これ普通の片付法や分類法、整理法とすごく相性悪い。
だから世の中に出ている整理整頓本などを参考にしてもうまくいかないわけだ…
なので独自の方法を編み出すしかないな、って腹落ちした記録です。
めんどくせぇ思考の🐒…![]()
ではでは~