英二は会長に就任して二人のトヨター族による経営が続けられた。
1992年に章一郎の弟の達郎が社長に就任すると英二は名誉会長になり、
章一郎が会長になった。

このころには高齢になり、経営者としての英二の影響力がようく薄れるようになった。
長年にわたって日本の企業のなかでトップの売り上げを続けていることで、
英二は日経連や経団連などの役員になるように要請されていたが
トヨタから一歩も外に出ない態度を崩さずに、
トヨタグループの結束とトヨタ自動車の繁栄がすべてに優先された。