──ノンフィクション作家の佐野眞一氏が書いた孫正義伝『あんぽん』。同書にはこれまで知らなかった等身大の孫正義が随所に描かれている。孫には“ソフトバンクの創業者”“情報革命の伝道師”「脱原発」推進派”など、今や日本をリードしていくような肩書がついて回るが、同胞である在日コリアン社会や韓国本土では、どのような評価を得ているのだろうか?
そんな孫が2011年、米誌「フォーブス」が発表した世界長者番付で日本人ではトップ(総資産額81億ドル、世界113位)、今年も同誌発表日本人2位で、ビジネスパーソンとして確固たる地位を築き上げた。日本の政財界にこれほどまで影響を与えている在日コリアンを私は見たことがないが、同じ境遇の在日たちは彼の姿をどのように見つめ、また、『あんぽん』に何を感じたのだろうか? 孫と同郷の福岡県出身在日3世の女性(34歳/主婦)は、こう語る。
「父から聞かされた昔話がよみがえるようでした。朝鮮半島から日本に渡ってきて苦労したという筑豊炭鉱の話はよく聞かされていました。特に孫さんが朝鮮部落で豚と一緒に過ごしていたとは、さすがに想像もできませんでした……。ただ、養豚、密造酒、金貸し、パチンコなどはかつて日本に渡ってきた在日1世が生きるためにしてきたことなので、程度は違っても、そう珍しい話ではないです」
確かに、孫の祖父のように壮絶な苦労をした在日1世は多い。故郷が済州島という大阪在住の在日2世の男性(58歳/自営業)は「孫さんのたくましさは在日である証拠」と感嘆する。
「ワシの父は済州島から大阪の生野区鶴橋(旧猪飼野)へ渡ってきた1世なんやけど、子どもたちに飯を食わせるために、そりゃ必死に働いとったわ。大阪は、日本で一番コリアンが住んどるのは知っとるやろ? 養豚業とか養鶏業が盛んやったし、密造酒もそこら中でたくさん作られた。ウチでも親が作ってたからね。それを子どもの頃飲んだことあるんやけど、マズうてしゃーない(笑)。そんな境遇が、この本では孫さん一家の生きざまと共通する部分がぎょうさんあって、そんな中で日本の長者番付のトップになるんやから、たいしたもんやで」
一方で、兵庫在住の71歳の在日1世の男性は「孫正義の本は、本屋にいっぱい売っとったわ。確かにすごい人物や思うけど、ワシらの苦労を実際に体験したわけちゃうやろ。なんぼすごいゆうても、ワシら在日1世の人生のほうがもっと過酷やった思うで」と話す。さらに、東京在住の在日3世の男性(26歳、会社員)は、こんな感想を述べていた。
「私は日本国籍に変えた在日です。この本は冒頭から驚きの連続でしたが、あの時代に名前を変えずに生きてきたというのは尊敬に値します。私は日本名を使っていますが、学生の頃はいじめも多くて、いい思い出はなかったですね。だから、本名を使わずに今まで生きてきました。でも、昨今の韓流、K-POPブームで在日であることの利点が多くなったと思う。これは日本社会が成熟したのかどうか計り知れませんが、孫さんの姿を見て誇らしく思っている在日ってたくさんいると思います」
日本に国籍を変えた中途半端な人物だったら、同じ在日からもたくさん批判を浴びせられていたに違いない、と彼は考えていた。では、マスコミ関係者ではどうだろう? ジャーナリストの李策氏の見解はこうだ。
「『あんぽん』はまれにみるリアルなルポルタージュというのが率直な感想です。あそこまでひとりの人物を赤裸々に描いたノンフィクション本を私は知りませんし、あの本に対抗できる、いわゆる“在日本”も読んだことがありません。著者の佐野さんは孫正義に対して遠慮がまったくなかったし、遠慮があっては書けなかったでしょう。また、孫は『2ちゃんねる』上でいろいろと叩かれていますが、そこで語られている“在日特権”のようなネタは妄想でしかありません。ただ、『戦後すぐの日本で第三国人が犯罪を起こしていた』とか、そういう書き込みについては当たらずしも遠からずだと思います。今までそういったディテールがあまり語られてこなかった分、本書では『置き去りにされてきたリアル』を描いたと言えます」
こうした取材の中で、筆者は東京・新大久保へ足を向けた。周知の通り、昨今の韓流ブームにより、連日、多くの人でごった返す街だ。これに便乗し、本国から飲食店を出す韓国人が増加しているが、某韓国料理店に入り、ある店員にハングル語で聞いてみた。
「ソンマサヨシ? ああ、ソン・ジョンウィ(孫正義のハングル読み)ですよね。もちろん知っていますよ。韓国人で、知らない人はいないと思います」
ほかの店員にも訪ねてみたが、在日のみならず、生粋の韓国人のほとんどが、孫正義のことを知っているということに驚いた。そこで韓国本土の評判を聞くべく、筆者の知人である有力スポーツ紙「イルガンスポーツ」のソン・ジフン記者に尋ねてみた。
「ソン・ジョンウィは自らの力で財を築いた事業家として、韓国ではとてつもない有名人です。それは彼のルーツが韓国にあり、“本名”を使って“日本”で成功した人物だからということも、韓国人の心をつかみました。同じ血を持った人物が日本で財を成したサクセスストーリーを、韓国メディアが無視することはありません」
確かに孫は、韓国でさまざまなメディアに取り上げられている。中でも出色は11年9月の韓国大手紙「中央日報」。孫の幼少期から現在までを綴った連載記事(タイトル「孫正義ソフトバンク会長の人生と経営」)が19回にわたって掲載され、最後は本人のインタビューで締めくくられている。
こうした影響から、孫の日本での一挙手一投足が韓国でニュースになるのは、今や当然だ。過去をさかのぼれば、04年2月にヤフーBBの約450万人分の顧客情報が漏洩した事件も大々的に報じられ、一部では、辞任報道までも飛び出した。さらに10年に孫が発表した「新30年ビジョン」も大きなニュースになっていた。
その中でもとりわけ、韓国で孫の存在感の大きさを証明したのが、11年6月20日の公式訪韓だ。これまで孫は仕事で何度か韓国を訪れているが、公式に会見を開いたのは01年以来、10年ぶりのこと。この日は午前中に韓国政府とOECD(経済開発協力機構)が共同開催した「グローバルグリーン成長サミット」で基調演説を行い、その後、青瓦台(大統領官邸)で李明博大統領と会談している。さらに午後からはテレビ、新聞などの各メディアの前で記者懇談会を開いた。こうした報道を見ると、韓国という国が孫のビジネスモデル、経営手腕、成功哲学を学ぼうとしているし、その力を必要としていることがわかる。また、批判的な報道はほとんど見られないのが特徴といえる。
孫が韓国で知られるようになったのは99年、ちょうどナスダック・ジャパンを手がけた時だ。この頃から、孫に関するさまざまな本が韓国でも出版されるようになった。同年に発売されたそのうちの一冊は『ビル・ゲイツ&孫正義 経営的人間、経済的経営』(民衆出版社、キム・ソニョン著 日本未発表)。ビル・ゲイツと並べられて本が出るのだから、韓国でどれほど注目されているのか、この一冊だけでもよくわかるだろう。その後も日本で出版された本が翻訳されて、韓国で次々と出版されている。
日本で生まれ育った孫が、祖国の韓国をも動かし始めたという事実をどう受け止めているのかは知る由もないが、少なくとも“爽快感”はあったに違いない。11年11月の「中央日報」の連載最後のインタビューで孫は「これまで韓国の情報技術(IT)界からたくさんの刺激をもらってきました。私は刺激を受けてばかりでしたが、連載を通じて(韓国の人々に)何かを伝えられたなら、これ以上うれしいことはありません」と語っている。
孫は、自分の生き方や秘めた思いを祖国に向けて伝えたことを、心の底から喜んでいたようだ。
(文/キン・ミョンウ)
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