Yの覚悟を受け止める | まくのうちのブログ

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本人が決断したんでうなづくことしかできなかったが、


長年の付き合いで、それは間違いではないと思ったのも事実。



改めて現状を説明します。



高校の同級生で、親友のY。



2月、会社に電話があって、入院してるから見舞いに来いと。



行ってみて、聞かされたのが、


去年の10月頃からせきが止まらず、息苦しいので、


病院に行ったら、肺がんのステージ4で、


リンパ2か所にも転移しているいうこと。



余命半年と言われ、パニックになり、なかなか考えがまとまらない中、


ようやく1月にある程度冷静になれて、身辺整理を始めた。



一日外出をしては、部屋の片づけ、持ち物の処分、


銀行口座の解約、携帯電話の解約もろもろ。



ただ、平常心ではなかったので、必要な口座まで解約したり、


アドレスの入ったケータイを解約と同時に処分してしまい、


アタクシへの連絡も会社宛になった始末。



呼ばれた理由は、自分の趣味のものを親友3人にもらって欲しい、


要らないものは処分して欲しいとの事だった。



日暮里舎人ライナーで自宅へ行って荷物をまとめて、


そのあとでクルマに積んで片付をしたが、


趣味のギターは100万近いものもあって、もらうのは気が引ける。



すべて現金化して、Yに渡し、あたしゃローリングストーンズのCD1枚、


Rはガンプラ、Kは安めのギターをもらった。



幸いにして、2回目の抗がん剤治療が劇的に効果があって、


がんの転移が止まり、食欲もあり、出歩くことも可能で、


ビールも飲みたいと言うほど、元気になった。



肺とリンパのガン細胞が消えることは無いが、


大きくなったり、転移しないのは劇的な改善であろう。



Yは奥さんも本人も薬剤師なので、処方薬で分かってしまうので、


医者も隠さずに病状を説明したが、完治は絶望的らしい。



次の抗がん剤治療も、完治を目指したものではなく、


延命のためのものになると言う。



3月から、一緒に食べに行ったり、一日外出申請して、


呑みに行ったりした、もちろん大して呑めないけれど。



3月には、大阪に居る親友のKも呼んで、


4人で高校時代によく行った飲み屋のハシゴをした。



4月上旬には、3月末のYの誕生日も祝った。



その後も、行ける限り病院に様子を見に行っては、


食べたり飲んだりしに出かけた。



昨年10月に、余命半年だったYは、抗がん剤効果で、


7か月目の5月も、元気に飲んで食べている。



ただし、体重は日々微減状態と言うのが心配なところ。




先日、川越まで一緒にうなぎを食べに行った。



その帰りに、Yは決断を語ったのだ。




次の抗がん剤治療はしない。



完治はムリだし、苦しい治療をしても若干余命が伸びるだけだし、


前回のように上手くいくとは限らないので、


寝たきりになるかもしれないし、最悪余命が短くなることも有り得ると。



だったら、歩けるし、痛みも無いし、食欲もあるし、


ビールも飲めるから、今の状態で何もしない方が、


残りの人生、楽しく生きることができると。




言われても、あたしゃ自分の命ではないから、


ああしろこうしろとは言えないが、自分だったらやはり同じ選択だろう。



まあ、そういう事になったんですよ。



だけど、世の中ってのはなかなか思い通りにはいかない。



次の抗がん剤治療を見送った段階で、退院しなくてはならないのだ。



昔と違って、とにかく病院は早く退院させる方向なので、


聞けば、週明けにはもう追い出されてしまうのだ。



毎日の点滴や投薬などは、近所の病院で行う、


身の回りのことはまだ自分で出来るが、


念のために、薬剤師のコネ?を生かして、


いざというときの対応は出来るように手配したらしい。



ただ、奥さんも通常に仕事をしているので、


退院の時は手伝ってほしいとお願いされた。



結構たまった荷物に、酸素関係のマシンが結構重いし、


自宅に運び込んでセットしなくてはならないし、


とにかくやることは多い。


親友だし、35年の付き合いだし、ヤツも頑張ってる訳だ、


精一杯助けてやらねばならない。



まだまだヤツには、呑んで、食べて、ギター弾いてもらいたいし。



てことで、どうせ休みはたまってるんだから、


会社は休んで退院と、自宅準備の手伝いをすることにしました!