服がない。
いや、服はある。
タンス代わりの衣装ケースに、服は詰まっている。
だが、服がない。
そう、服がない。
私は、もともとダサい。
若い頃から、流行りを追えるほどのオシャレ脚力はなかったし、
ファッションセンスが死去していることには、随分前に気がついている。
そんな私が服に求めることは、
「ダサくてもいい、やばくなければ」ということだ。
私は知っている。
ダサさが臨界突破すると、やばくなる。
見てはいけない人、目を合わせてはいけない人、そういう風になる。
だから私は服に求める。
「せめてシンプルにダサくあれ!」と。
私は車イスに乗っているし、背骨の変形もある。
それは、「やばくなりやすい」要素だ。
優しい人は「そんなことはないよ!」と、フォローしてくれると思う。
けれど私は実際、やばさのボーダーラインを感じている。
センスが良く、オシャレな障害者がいることも、分かっている。
けれど私は一点の曇りもなくダサいし、センスもないし、
ただただ「やばくならない」ことだけを望んで服を選んでいる。
話を戻そう。
服がない。
厳密に言うと「今、着られる服がない」。
去年、一昨年、普通に着ていた服が突然、着られなくなる。
あぁ、これが加齢か、と愕然とした。
別にサイズアウトしたわけではない。
成長期なんて20年前に終わったし、中年太りも想定の範囲内だ。
なのに、着られない。
理由は、「なんか、似合わない」から。
そんなバカな、と思うかもしれない。
私も人から聞いていた時は、そう思っていた。
「ある日突然、クローゼットが牙をむいてくる。それが30代」
30歳、全然そんなことはなかった。
31歳、人生の荒波に飲まれて服どころではなかった。
32歳、まだ大丈夫。
33歳、なんとかなるなる。
34歳、そこはかとない小さな違和感。
35歳、鏡の前で慟哭。
一晩中泣いて、泣いて、泣いて、気がついたの。
アラフォーは甘くねぇな、って。
もうね、修羅の幕開けとしか思えない。まぢ無理☆
でもね、生きてかなきゃいけないじゃないですか。
生きてくってことは、服を着るじゃないですか。
服を着るってことは、やばくならないように頑張らなきゃじゃないですか。
頑張るってことは、とりあえず着れる服を買うってことじゃないですか。
だからね、行ったんですよ、あべのキューズモール。
服がいっぱい売ってるところですよ、行ってきましたよ。
服がいっぱい売ってるところに、服を買いに。
いっっっっぱい服が売ってました。
売ってたんですけども。
「どうしよう、たたみ方が分からん服しかない…」
似合う似合わないなんて話じゃないんです。
そういうことのもっと手前で、私は立ち尽くすしかなかったんです。
35歳になったことだし、今までよりはちゃんとした格好を…なんて、
ちょっとくらいは考えていたけど、まぁ、何の成果も得られませんでした!
あ、服ですか?
ユニクロで、アメコミのTシャツを買いました!
解散!