前回のブログでの通り、
「自分が今まで生きてきた中でとてもたいへんこころに残ってるたべものを振り返っちゃうぜ旨しまずしはおいといて」
シリーズ第①回目です🍀
自分史上いちばん古い印象に残ってる食べもの、ソレは何。
みなさんは何??
ネジロは4〜5歳。就学前。
その頃は母方の祖母の家で暮らしてました。
(たまに親が迎えに来てたけど、祖母宅から保育園も通ってた。)
いつもいつでも大好きな祖母(通称⋮バー。)といっしょ。
バーは、遊んだり構ったりはしてくれないけど自分が本ばかり読んでても何も言わなかったし、くっついてもうるさがられないし、おいしいものを作ってくれてとにかくいつもいっしょの一心同体少女隊←
ばーは料理上手だったんすよね。
あんなに途方もない田舎に住んでたのになぜ。
(母方の実家はいちおうは宇都宮だったけど、マジで本〜〜〜当に田舎だった。隣の家まで歩って5分以上はたっぷりかかった。)
ばーは10代の頃、お金持ちのお家に奉公に行っててそこで料理を覚えたそうな←「おしん」かよ。

☆時系列的にアレなんだが、自分の母親サトコは戦争に行ってた父親が帰還してから産まれた子なんで某国民的アニメで言うサザエとカツオ兄妹並に遅く産まれた末っ子。って言うとすごい大昔みたいけど、ネジロ今年50歳。サトコ御年72歳。それにしても田中裕子キレいっすなぁ。ネジロ憧れの顔✨️
当時すでにばーは70は余裕で越えてたんではなかろうか。
ばーは字はひらがなとカタカナが読めて書けるくらいだった。
←漫画「この世界の片隅に」みたいな。

自分、昭和51年生まれだけど本当のことなんすよ。
(ばーに読み方だけ教わって、1人でどんどん本を読めるようになったのもこの頃。物置を断捨離した際に見つけた当時の自分の本にばーが書いてくれたフリガナを見て泣けてしまった。ありがとね。)
今、あの頃作ってもらった料理を思い出すと、洗練されてたと思う。
田舎料理なんだけどあか抜けてた。
(ちらし寿司に混ぜる具材に干し貝柱が入ってたり。ばーの作ってくれた料理はまた後で🍀一緒にヨモギ摘み行って草もち作ったりイナゴ捕り行って阿鼻叫喚!恐怖のイナゴ佃煮作りしたり思い出深い。)
←あ、ちなみにこのシリーズではイナゴ佃煮はやらないから。絶っっ対にな。
(ネジロ小学校時代、プチ行事でセリ摘みとかイナゴ捕りがあってだな@宇都宮。イナゴを全校生徒で捕りに行って次の日に校庭で佃煮を作って持ち帰るってヤツ。今にして思うとスゲーな!?平成になる頃の昭和の話っす。マジで。)
さて、表題の
「かなぐつやのおじさん」。
ばーの妹(鬼籍)の旦那さんだから、ばーの義理の弟。
でもみんな「かなぐつやのおじさん」と呼んでた。
はて、「かなぐつや」とは??
→「かなぐつや」って言葉は調べても分からなかった。
「かなぐつやのおじさん」は近所にやもめ暮らしで、家に行くとたまにお馬さんがいた。

←マジで1980年代の話よ??
お馬さんはおじさんのお客さん。お馬さんに蹄をつけるのがおじさんの仕事。
馬に蹄で「かなぐつや」(金靴)だったのかなあ。
ばーと2人で夜、よく「かなぐつやのおじさん」家におかずを歩って持ってった。
行くとおじさんはちいさなお家のちいさなちゃぶ台でひとりで晩酌してて、ばーに湯呑みでお酒を出してくれる。←
自分にはなぜかいつも、どピンクの桜でんぶがかかった白ごはんを出してくれる。
(たぶんちっさい子に出すようなお菓子やジュースが無かったんだと思。)
あのジャリジャリする、お菓子より甘〜〜い甘〜〜い、ごはんにちっとも合わない桜でんぶ。

でも好きだったなぁ。
大人になって酒飲みになって疎遠になったけど。思い出したらちょっと食べたくなってきた。
晩酌も後半に入ると、おじさんがごはんで〆る。
かなぐつやのおじさんが冷蔵庫から出してきた
謎の茶色い「ぷるぷる」。
ソレをごはんにのせて食べる。
ごはんを食べ終えるとその茶碗にお湯をさして飲んで終了。
「ぷるぷる」はまるで崩れたコーヒーゼリーみたいでなんでそれをごはんにかけるのか謎だったけど、おじさんが食べてると不思議においしそうなたべものに見えた。
「ぷるぷる」の正体は、生粋の栃木県民ならもうお分かりであろう。
そう。「サメの煮付け」の汁の固まったヤツ。煮凝りね。
おじさんはサメの煮付けを2日に渡っておかずにしていた訳だ。
(サメを食べ終えたら次の日は煮凝りで食べる。むかしの人はつましくてエライな‥‥。)
サメじゃなくても「ぷるぷる」は出来るだろーけど、
当時は「煮魚=サメ」だった。
(海なし県だからかな。サメは給食でもよく出た。)
たまに軽トラでちょっとしたものを売りに来る移動スーパーみたいなのがあって、ばーはそこでサメを買ってた。
だってばー宅の近所には他に店が無いから。
いちおう歩って行ける距離にあった「ゴトウ商店」は乾物と豆腐と塩くらいしか扱ってなかった。
←マジで1980年代の話。みなさんが想像する50倍は田舎。
(あっ。だから自分、シティ育ちなのに栃木訛りネイティブなのか!!←)
移動軽トラスーパーが来るとついでにばーが自分に必ずシャボン玉を買ってくれたことや
「かなぐつやのおじさん」家から帰ってくる夜道が本っっっ当に真っ暗闇でばーの顔も見えないくらいで怖かったことや
(不思議なものを見たことが1回だけある。怖くはなかった。でも眠たくて眼が閉じそーだった自分が見た夢かもね。)
ほろ酔いのばーが帰り道でいっつも歌ってたから覚えちゃったむかしの唄や
(人に〜聞かれ〜りゃお前のこ〜とを〜♪ってヤツ。花街の母か。)
いっしょに寝る時なぜかばーの耳を触ってないと寝れなくてばーの耳が片方だけ福耳になっちゃったことや笑
←激しくウザかっただろーなあ。
今でも食べものにまつわる関連の事だけは、はっきり覚えてる。
なぜならガッツイてるから。←
「かなぐつやのおじさん」は後にかなぐつやを廃業して、手先の器用さを活かしてミシンを売る人になった。
(昔よくあったスーパーとかデパートでミシンで刺繍をしてみせてくれるヤツ。昔の人ってよく働くなぁ。)
会うと可愛いハンカチやら布バッグに自分の名前を刺繍したのをくれた。
でも言っても言っても、毎回自分の名前が違くて。
(リカちゃんだのミカちゃんだの)
結局、1度も自分の名前じゃなかったのも良い思い出だ。←
ちなみに憧れの「ぷるぷる」は。
ばーにねだってとっといて貰ったけど、子どもの口には合わなかった。←まぁシブいよね。
今だったらおいしく感じるかもな。
サメ煮てみっかな。
煮たことないけど。
ってことで煮てみましたァァァ!!

コレよコレ。
サメ煮、旨いな!?
←そりゃー煮魚ならカレイとか銀鱈には敵わないだろうけど、御年05歳の自分には絶妙な脱力脂加減。
身もフワフワだな!?
昔ってもっと固くなかった!?
フツーにスーパーでサメ売ってたから今でも需要あるんか栃木。
給食でもよく出たなー。
煮魚とかフライで。
これ、フライでタルタルとサンドイッチしたら美味しい絶対。
あと夜ネジロメニューの「柴漬けタルタル」でツマミにしたら超絶最高絶対。
そんで件の「ぷるぷる」は。
うーん??
昔のサメ煮は冷めたらぷるぷるになってた気ぃがするんだが。
ならなかった。←
冷蔵庫入れといても。
サメの種類が違うのか?
自分の作り方か?
しょーがないんで煮汁を片栗粉でとろませたジェネリック「ぷるぷる」。
桜でんぶもいっしょに。
でも、昔の桜でんぶってもっとどピンクだった気がする。
そんでもっともっとお菓子みたいに甘〜〜くって。
ジャリジャリした食感
だったよな。
改めて食べてみて。
いやでも甘ぃなぁあァァァンンン!!
(酒飲み&大人になっちゃったから)
こりゃごはんのオカズじゃないよ。
でも。なんかわからんけど旨しだな!!
一般的に言ったら違うと思うけど自分は懐かし旨し!!←
注・思い出補正。
ちなみに後日、サメね。
フライもやってみたよ。

(こーいう商売してたって自分は家メシでカット野菜も買えばサイゼも丸亀も大好きだしコンビニおにぎりは筋子が好きっす。)
旨し!サメフライ。
やっぱり身がフワッッッフワ。
全然なまぐさくない。柔らか〜い肉みたい。
給食のヤツってもっとパサってた。
年2くらいしか行かない某マ◯クだったら自分、フ◯レオフィッシュを頼むんだけど
←スカしてる訳じゃなくて胃もたれしちゃう。伏せ字にする意味って一体。
俺ゃあこっちの方が好きだな!!
しかも面倒くさい下処理もしてないの。
おろしにんにくをなすりつけて、バッター液からのパン粉で揚げただけ。
今回はあるもんで作ったレモンタルタルソース添え。
サメって安いのねー。
それでこんなに旨しなら前から使えば良かったなぁあ。
良くも悪くも旨しも不味しも。
自分が今までで印象に残ってるたべものを
いま改めて作って食べてみよう
そんでいまの自分はどう思うか
みたいなシリーズです、これ。
自分のことだから面白おかしくなっちゃう寄りになると思うけど。
自分の舌のレジェンド的な。
(大した舌じゃないっすが。そりゃねぇ、記念すべき第一回目が桜でんぶとサメだからねぇ笑)
どうぞよしなに🍀