今ここの心 ここまりこ
坂部まり子です
昨年11月に父が大動脈解離と胸椎の圧迫骨折で3ヶ月入院した時
長期間、母と二人きりの時間を多く過ごすことになりました。
母とは、長く
心理的な距離を保ち
物理的にも距離を置いていました
私には一つ違いの兄がいたのですが
産まれて、すぐに亡くなり
その、すぐ後にできたのが私でした
跡取りの男の子が欲しかった両親は
私が産まれた時
とても、ガッカリして
父は連れて帰ってこなくていいと言っていたと
母から聞かされていました。
名前をつけてくれなかったから
まりのように、コロコロと産まれてきたから
まり子と名付けた、そうです。
私は長いこと、心のどこかで
要らない子だったんだって
思っていて
10代の頃は、どうせ、私なんてが口癖でした
母は私を透明人間のように思ってるんじゃないか
って
私は母の操り人形じゃないんだって
私をちゃん見てって
そのままで、いいって認めて欲しい
受け入れて欲しいと
思っていました。
だから、父の入院で母と二人きりで
過ごさなければならなくなり
始めはギクシャクしてしまいました
私が母に冷たく、あたってしまうこともありました
心理的な距離が近くなると
一気に子どもの頃の気持ちに
戻ってしまいました。
母もまた自分を正当化することに必死になり
私達は父も母も私も
みんなが自分を認めて欲しい、自分が
自分がになっていて
目の前の等身大の相手が見えてなかったんだろうと思います
そんな中で、ある方のセッションの中で
自分のシャドー(影)が体現化するような気づきをいただきました。
そして、それを通して母の愛と感謝を感じることができるようになりました。
夫の愛にも気づき
愛されていたことに気づき、ありがとうが自然に口に出ました。
私の思考が変わると
母の思考が変わり
夫が変わり
思い通りにしょうとすることが少なくなり
不平不満を口にすることも減りました。
感謝と反省を口にするようにも、なりました。
不思議ですね
一体、何に苛立っていたのか
何が不満だったのか
怒りは第ニ感情
その奥には
わかって欲しい承認欲求
淋しさ
悲しみがあります。
怒りや、悲しみ、不平不満
嫌なこと、苦手なこと、嫌いな人
の根底には願いが隠れています。
勝手に思い込んでいる観念
〜に違いないとか
〜してはならないのブレーキがかかり
なかなか、許可が出せない
いらない思いを、手放すことができない
そのままでいい
思い通りにしてもいいに、なかなか、なれない
無意識に刷り込まれた
観念が邪魔をして
今が少しくらい辛くても
「まだまし」「まだ安全」だと思い込んで
コンフォートゾーンから出られない
許可が出せない
自分で勝手に作った制限
ブレーキ、タブー
外す許可するのは自分だけ
そして、それは頭でわかることではなく
自分で、気づくしかない
セッションでは必要な人が集まります。
体現化する人に出会う
自分では、わからない自分が、他者を
通して見えてくる
集まるのには意味があるんだろうなぁって思います。
波動が、引き寄せる
人間も自然界の物質の一つだから
互いに影響しあうのでしょう
セミナーや
グループセッション
カウンセリングを通して
たくさんの学びをさせていただいて
います。
人と人の思いがあるから
人と人は、ぶつかり
不協和音を奏でたり
美しい音色を奏でたりします。
大切な家族との音色
大切な人々との音色
そして、大切な自分自身との音色
美しい音色を奏でたいですね。

