これは少し前のお話。
一人旅中である。
これから帰宅する。
初めての一人旅は想像していたより楽しく
自由で、解放的だった。
あまりに楽しかったので、
昨夜は眠りにつく時
何故だか
「おやすみ」と自分に言っていた 笑
そう言ったあと、
突然、私は母が側にいるような感覚になった。
いつも二人でいた、母が生きていたあの頃の
あの安心感が、その時の私の周りにはあった
まるで、母におやすみと言われたような
そんな感覚だった。
でも、その安心感は直ぐに打ち消され
母はもういないのだ、なんだこの感覚は?
一人旅なので、あまり声を発しておらず
そのせいなのか…
自分が発した声の感じがわからず、
母の声と間違え
それでそんな感覚になったのかな?
もしかしたら
発した声や話し方が
母と似ていたのかもしれない。
私もいい歳になってきたので
母の声に似てきても不思議ではない。
そう思い、それを確かめる為に
もう一度
「おやすみ」
と言ってみた。
あ、そうか。
私はもう長い間、
おやすみって
単語を発した事がなかったんだ。
LINEでのおやすみや
別れ際のおやすみは
フツーに言っていたけれど
自分が寝付く前、
誰かが寝付く前
おやすみなんて言葉かけ、もう何年も
誰にも言ってないや。
母との二人暮らしでは
必ず母におやすみを言ったし、
母からも言われた。
けれど、母が亡くなり一人暮らしになり
私は、もう何年も
おやすみという言葉を言ってない。
夜中にそんな事に気付き、
おやすみという、
単なるただの挨拶だと思っていた言葉は
誰か大切な人へ
今日一日色々あって、
また明日も色々あるだろうけれど
今は安心して
いい眠りを…
そんな思いも含まれていて
その日最後の優しい気持ちがその言葉には
宿っていたのだと気がついた。
おやすみ、と独り言で母を感じたのは
私の母とのそんな暖かかった
おやすみのやりとりが
記憶の奥底に残っていたからかもしれない。
母はもういなくなってしまったけれど、
もしかしたらまだ母の残り香みたいな物が
この世には残っているのかもしれない
私の記憶の中にも…