送る☆ | 【香川県 高松市】ベビーマッサージ教室&資格取得スクール MonBebe 三船知佳のやまもりBLOG

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妻でママでセラピスト♥︎
ベビーマッサージのお教室も子育ても趣味も全力で楽しむやまもりさんの日記です!

月曜の朝82歳の祖父が亡くなりました。

レッスン振替、初級講座キャンセルや、全体ミーティング欠席。。。
そのほか沢山ご迷惑をおかけしましたが、私としては心置きなくお別れできました

主人も同行してくれたので、子どもたちのことも気にせず最後の時間が過ごせました




また来週以降お会いできるのを楽しみにしております。

どうぞよろしくお願いします m(._.)m





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写真はつぐさんですが。



私、初の内孫で祖父母にすごくすごく可愛がってもらいました
高校時代はじいちゃんと二人暮らししてました二人で料亭行ったり海外行ったり。。。。なぜか優遇?されてたような。。笑

向こう3年分くらい泣きました。゚(T^T)゚。スッキリ!!!!!笑

もう永遠に会えないと思うと涙が出て仕方なかったけど、私としてはもう随分長い期間色々な祖父にサヨナラパーしてきていたので特にショックという感じではありませんでした

経営者として尊敬していた祖父には会社が代替わりした時に。
ユーモアがあって、おちゃめで、いつも楽しかった祖父には祖母が死んだ時に。
手足が長くオシャレだった祖父には脳卒中に倒れた時に。
いつも私を心配してくれた祖父には私が嫁いだ時に。
家族みんなのヒーローだった祖父には二年前に。
私の大好きだった祖父には今年の夏に。

脳卒中の影響でだんだんと私が誰だかわからなくなっていた祖父。
徐々に介助や介護が必要になって、その存在自体に同居する家族が苦しむ日もあった。私たち家族にとって偉大すぎた祖父が子どもに戻って行く姿に家族の誰もが心を痛めたし、意思を示さない祖父の気持ちをあーでもないこーでもないと探って最良の終末について考えました。


私は嫁いで家をでて、話を聞くだけだったけど。

この17年間の間になんどもなんどもサヨナラしてきたので、別れの悲しみよりもホッとしました。

完全に寝付いたのは半年くらい。
危篤になってからは僅か1日。
子どもたちが駆けつけるのを待ってから静かに行きました

そのあたりもなんだか祖父らしくってまた泣けてきます。

昔よく
危篤になってなんども子どもたちを呼びつけて、あれはすごい無駄だ!!
とブラックジョークを。。( ̄▽ ̄)


仕事に厳しくて血も涙もなかった
粋でカッコイイ人だった
頭の良い人だった
無言実行の男
気性の穏やかな人柄だった
頑固
ケチ



いろいろ言う人がいましたが、

自分勝手で勝手気まま、いつも飄々として、昔の人にしてはすごく柔軟で自由人。

これが私といた時の祖父です


私といるときはおしゃべりでひょうきんで思いきり我儘でした。笑


だから脳卒中に倒れてから10年以上もの間、思いのままに動かない体も頭も嫌だっただろうな。と。



当たり前だけど、それぞれの中に生きる祖父の姿が人によって全然違うから、なんだか面白かったです。
10代の従兄弟たちは病気な感じの祖父しか知らないからまた変な感じです。。。

15.6年ぶりに会った従兄弟たちとも再び繋がれた気がして、『順番に送る』ということの意味や役割について深く考えさせられました。
大人になるってことは。。。。。です。


祖父の存在や影響が絶大過ぎて、日々の暮らしの中で子育ての中で、いつも繋がりを感じています(´∀`)
これからもそうだと思うし、私の子どもたちにも感染、いえ、受け継がれていくと思います。
つぐみの細長い手、大きな爪祖父にそっくりなんです。そう思うと、息をつくたび襲ってくる寂しさの中にも救いを見出せます。

また普段通りのわたしに戻ります


子どもたちと家族との毎日に心から感謝を
祖父と祖父の人生に祈りを





長々と読んでいただいた方がいらっしゃいましたらありがとうございますm(._.)m
今日だけは過分な身内自慢、主に祖父自慢お許しください。