前の記事の続きですが、我が家の子育てについての夫婦の考え方です。
どうぞ、かるーい気持ちで読み流してくださいね![]()
娘を妊娠したときから、いつかは娘の心の中に『かみさま』を降臨させようと思っていました。
まさか、こんなに早くとは思っていませんでしたが、
娘は感知タイプの子供(大人の考えることや、顔色に敏感)だったので、当初の予定を早めた形での降臨です![]()
今まで一人っ子でぬくぬく育ってきた娘が突如幼稚園社会の中に参入し
日々鍛えられていく中で親からもらったコミュニケーションスキルが不十分だったり、
自分と他人との価値観の違いだったり、ケアの不足だったり、
大半の問題を網羅できる心の基準の様なスペックを授けたかったのです![]()
一人っ子という事で、公共に対する感覚は厳しくし躾けてきたのですが、
やはり平等とか公平とか言うのは身をもって触れる機会が少ない様に思います。
正義や善悪というのも急に吸収はできないし、そもそも現実社会とのギャップも多い。。。
そこで、『白羽の矢を立てたのが、かみさま☆』というわけなのです。
私の気持ちを感知しちゃうので、3歳にして私の希望に沿う答えをする娘です。
きっと、もう少し大きくなれば私に上手に隠し事をしたり、嘘をついたりすることもあるんだと思います![]()
私はキャラ的にも 威厳ある愛情に溢れた母親 であり続けることができそうにないので、
その代わり『自分の産んだ娘』と言うだけで100%娘を信用することはできないのです(しないようにしています。)
100%応援はしてますよ~~~
この分だと思ったよりも早く子離れしないといけなさそうですし、娘の世界はどんどん広がっていて、
人格も形成されていくので、願わくば娘が他人様に迷惑をかけないように。
娘が自分に自信を持てるように、自分を好きでいられるように、『娘のかみさま☆』を
一緒に育てようと決心したのです。
親としての本音ですが、
優しい子に育ってほしい。
でも、それだけではダメな気もしています。
他人のために自分を犠牲にするのは美しいけれど、親としてはそれが自分の子である必要はないと
感じてしまいます。
できれば皆に愛されて楽に人生を歩んで欲しい。
とも思ってしまうのです。
もう一度。 宗教でもスピリチュアルな話でもありません。笑
でも、私自身がおじいちゃんおばあちゃん子なので、
幼い時から神仏を敬うように、八百万の神様の散在を信じるように、
祖父母から言われて育ちました。
娘に言ったのは
『食べるもので遊んで、無駄にすると神様が怒るよ』
と、お友達に順番を取られて喧嘩しちゃったという娘に
『譲ってあげたこと、誰も見ていなくても、神様がちゃんと見てくれてるよ』
です。
あんまり娘が神妙に話を聞くので、ついつい 神様~を乱用したくなってくる衝動と戦っております![]()
娘の幸せのために失敗は許されないので、夫婦間でも『かみさま☆』はすっごい慎重な扱いを受けています。。
笑
感覚的なことでしかないけれど、そのバランスってとても大切だと感じています。
他人と私。
外の私中の私。
本当の私はどんな時に心が満たされるのか。
あるいは安らぐのか。
子供には難し過ぎるけれど(私にとっても永遠のテーマですが。)
娘と、娘の神様と一緒にお勉強していこうと思います![]()
夜、寝る前に
『今日、溝に落ちちゃったのは、かみさまのくれた×なの???』
と娘に聞かれました。
×じゃなくて罰ですがね。。笑
『お母さんの言う事聞かないから罰があたったんじゃない?』と言いたかったのは山山山山山山だったんですが
ギリギリ我慢しましたよ~~~![]()
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『そうかもしれないね』
と、言えましたよ~~頑張りました~~~~
道のりは長そうです~~~~~~~
でも、決めたことはやり通さないと。
『かみさま☆記念日』です![]()
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