以前ほど漫画を多く読まなくなった。
なので幅広く読んだ中からではないけど、これはイイ!!と思った作品を紹介したいと思います。


第3位

「王様ランキング」 十日 草輔

とある国の耳の聞こえなくて、力がなく、みんなからダメと思われている心優しい王子が主人公。
主人公が大きく成長を遂げるさまを描いている。
よくあるパターンではあるが、物語が進むにつれて、それぞの思惑や悲しい過去、主人公の秘密が明らかになってきます。
主人公ボッジをサポートする人たちの名言、キャラクターに魅力、それらがこの物語の世界観相まってドンドン引き込まれていきます。

https://promo.kadokawa.co.jp/osama_ranking/

アニメ化もされています!


第2位

「自殺島」 森 恒二

近年自殺が増加、対策に苦慮した政府が、自殺未遂を繰り返す人たちの人権をはく奪し強制的に無人島に送り込んで「あとはお前らで好きにしてね!」という、ほんとにあったら大問題の設定の物語。
主人公は自殺との葛藤から「生きる」ことを選び、仲間とともに苦闘しながらサバイバル生活が始まる。
世間から取り残され、疎外感を感じていた主人公やその仲間たちが、悲しい出来事や対抗勢力との争いなど乗り越えながら生きることの意味を見つめ直す成長の物語。
作者のサバイバルの知識も相当なものだと感じられる描写も魅力的。
「表向きは弱者を助けるようであって切り捨てるような社会構造」などをあらためて考えなおすきっかけになるかもしれません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%AE%BA%E5%B3%B6


第1位

「ヴィンランドサガ」 幸村誠

宇宙にさまようデブリを除去する会社の社員が主人公の「プラテネス」と同じ作者。
これも面白かったけど、これはかなり感動的な物語になりそう。(現在も連載中)
バイキングがヨーロッパを席巻していた時代のお話。
単なる主人公の父親の復讐劇かなと思っていたけど(それはそれで面白かったけど)、復讐を遂げる前にその相手が死んでしまい、目的を失ったところから紆余曲折を経て争いのない平和な国をつくる話に移行していく。

憎しみの連鎖を断ち切るためには!?
戦争のむなしさ。
強いものが正義の世界で武器を持たずに平和は築けるのか!?
異なる文化が交わることの良い面、悪い面
本当のリーダーシップとは!?

いろいろ考えさせられるお話です。
最新の26巻最後で思わず涙が誘われるぐらい感動的な場面で終わります。

果たして理想の国はできるのか?
続きが気になるところです。

https://vinlandsaga.jp/

アニメ第二シリーズ放映中!


 

 

 安全保障について考える。

これは私はその筋の専門家でもなんでもないので、いろんな情報の中からエビデンスや「こうかな?」と感じたことを元に書いていることが前提となります。

「安全保障」についてのかつてなく注目が集まっている。
以前からロケット花火で嫌がらせをしている北朝鮮、ロシア・ウクライナ戦争から始まる台湾危機など。
予断を許さない状況なのは間違いないです。

こんな状況の中、防衛費を大幅に増やすことが国会で審議されています。(ちゃんと議論されることを願ってますが…)
中身はともかく増やすこと自体は賛成です。
災害などで多くの国民が何かと頼りに指定存在である自衛隊の待遇や設備(老朽化が多いと聞くが…)を大幅に改善することは活動の質や担い手を確保するうえで重要だと思います。
どこまでの軍備が必要かは議論の余地がありますが。

しかし、これを増税を前提として実行することには大いに反対します。
これだけ長い間デフレが続き、コロナにより経済がさらに悪化、さらに輸入品の値上がりによるコストアップインフレの状況で実施を考えるのは「大丈夫か?」と心配してしまうぐらい。

財政を拡大すれば良いだけ。
多くなりすぎたら後で税金として回収するだけ。
もしかして今、お金を持っているが損をしないためなの?勘ぐってしまう。

少子化対策にしても将来稼いでくれて、消費してくれる人を増やすために投資するわけで、後で何倍にもなって返ってきます。
そのために投資をするのは理にかなっている。
それが資本主義の考え方ではなかったっけ?
少しそれましたが、関連があることでもありましたので…。


さて、世界は戦争の脅威を目の当たりにしている訳ですが、「戦争」は外交手段の一つであり、それは最後の一手で、「外交を失敗した」を意味すると考えます。
歴史を研究する場合は「なんでそうなったかのか?」、「避ける方法はなかったのか?」を考えることができますが、今を生きる我々はその最悪の状況に陥る前に回避する術を模索しないといけないのですが。

果たして武装することが最初にすべきことなのか?
「安全保障」でもっと前にできることはあるのでは?

まずは、
①国内の食料自給率を限りなく100%に近づける。
人間は食べないと生きていけない。
これを外国に頼ることは安全保障上かなり危うい。
食料が足りなくて他国に依存する場合、外交上不利になるのは目に見えている。
貧しい国の換金作物を輸入することでその国の食料や水(バーチャルウォーター)を奪っていることになる。

次に、
②エネルギーの自給率を上げる、もしくはエネルギー資源を持っている人たちが欲しがる(これがないと困ってしまう)ような技術や製品を生み出し続ける。
そのためにはすぐにお金になることばかりに投資していても先細りになるので、研究や技術開発に対して幅広く公的資金を投入し続ける必要あると考えます。

さらに、
③近隣の困っている国(日本ほどの経済規模の国はアフリカなどもっと広げても良い)に投資する。
途上国を搾取するのではなく発展するために手助けして後からそのリターンをもらう。
困っている人を助けたいという道義的な面もあるけど、貧しい人助けるのは安全保障の理にかなっている思います。
貧しくて日々の暮らしも立ち行かない生活している人がいる一方で、そんな人たちの働きを不当に搾取し続けて行けば、いづれ限界がきてテロが起きるなど物騒なことが起こりかねない状況になる。
王政を倒したフランス革命が良い教訓です。
最終的にはどこの国でも通貨の価値にそんなに差が出ない方が良いのでは?と思っています。
ファストファッションが全盛の世の中、技術革新によるコストダウンは歓迎ですが、本来1万円ぐらいコストがかかるものが、安い人件費をさらに削って2千円ほどで手に入って企業も消費者も良かったけど現地の人たちの生活はさらに悪化したということでは何の助けになっていません。
曲がりなりにも日本は民主制国家なので、なんといってもまだ発言する自由や不当なことを取り締まる機能がある方です。
投資するのに難しいのは世界の中で民主制国家がそれほど多くなく、権力を持っている人が良い人ならいいのですが、そうでない場合は投資が機能しない可能性(一部の人の利益になってしまう)が多いにあることです。

武装は両刃の剣です。
抑止力にはなるかもしれませんが、それって際限のない競争になってしまうのは目に見えている。(米ソ冷戦など)
仮に、武力を使って撃退したとしても、それからが大変で、遺恨、憎しみの連鎖、その後どうケアしていくのか?
ロシア・ウクライナ戦争にしても、戦費もかかるし、連日人が死んでいくのは悲しいし、供給能力やニーズを損ない経済的に大きな損失ですが、それらの多大なコストと戦後の復興を考えると合わないと思うんやけど…
結局、武器を提供している企業だけが儲かっている気がする。


なので、
①、②、③をまずは頑張ってやっていくのが安全保障に対する方向性だと思います。

お花畑的な発想かな???

 

 

 

 

 

「地学」と聞いて皆さんどんなイメージを思い浮かべますか?

私はもっぱら文系で「地学」と聞けばなんかややこしい計算せなあかんのかな?
と思って近寄ることもありませんでした。

世間的にも高校生で「地学」を選択する人が少なくなっていて問題視されているようです。


「地学」とは大雑把に言うと地球に関する学問です。
「地質学、地球物理学、地球科学、人文地理学、鉱物学、地理学、天文学などの自然科学を包括する。
また、生物学や気象学も含むことがある。」

って言われると、めちゃくちゃ身近で役に立つ学問なんじゃないの?
しかもダイナミック!!

最近災害も多くて防災に関心が高まってるし、天気予報はフル活用しているし、昔好きだった恐竜のことも地学が関係しているし、宇宙の不思議を考えるわくわくしてくるし…。

 

 

4月から水辺の体験を中心としたまちづくりをしている団体で働いていますが、ここは地質コンサルタントの会社が母体になっています。
そんなこともあって「地学」に興味を持ちだして、既に5冊くらいは本を買いました。
果てしなすぎて、ちょっと難しくなると「??」状態で、まだなんもわかってもないも同然ですが、かなり面白い分野だということはわかりました。

そんな私が地学視点のツアーを企画しました。
地学の知見と楽しさを少しでも伝えることができればと考えています。

「えっそんなにわか地学で大丈夫なの?

大丈夫です、安心してください。
地学の専門家もちゃーんと控えています!


令和3年7月3日土曜日に開催します。


興味を持たれた方はこちらからお申込みしてください。
 

福井県(嶺北)は3年ぶりの大雪で、大変な日々でしたが、日常が戻って来ました。

3年前のことを思い起こし、なるべく外出しないように、雪かきをやっておく(多少楽しみながら)などできるだけのことをして除雪が来るのを待つことにしようとしていました。
幸い米はストックしてあったし、スーパーには歩いて行けるし、何とかなるやろうと。

ただ、3年前の教訓があったのに予算も含めて対策が出来なかったのかな?
雪が降らない年もあるので、そんな時も除雪を委託されている会社の負担増にならないようある程度保障しつつ有事に備えることはできなかったのかな?

なんて思っていました。

また、またしても高速道路で立ち往生し、600台もの車が社内で過ごすことになったけど、なんで同じことが繰り返されるのかな?と疑問に思っていました。


あるテレビ番組で特集されていたのですが、教訓を生かすための訓練をし、しっかりと対応できるような仕組みは出来ていたようです。

では原因は何なのか?

「ネクスコの判断が遅すぎた」、「情報共有ができていなかった」ということがメインで、ちょっとぼやけた言い方だけど「社会全体での取り組みが必要」という論調でした。

ただ、番組の中でもネクスコも交通を止めないようすることに最大限努力していることが基本的スタンスとした上で、雪の場合は、強風や雨量などの明確な基準がないことが判断を難しくしている、
実は運用方法として早めに通行止めにして、大雪になった時も対処しやすい仕組みが考えられていたが、物流を預かる身として「空振り」なってしまうことを恐れて、結局被害を出してしまったと述べていました。


「社会全体での取り組みが必要」は確かなのですが、行政、道路管理運営会社、運送会社、スーパー、コンビニなどの商店、一般消費者、それぞれの立場で文脈は違ってくるので、どこかの立場の人たちに責任を押し付けてしまわないようしないといけないと感じました。

「空振りになってもイイよ」ということが共通認識として持っている状態(許されている)が担保されて初めてシステムが運用される。


ああそうか、世の中でうまくいってない構造とはこれと似たようなことになっているのかな?と。


他人にやさしく、相手のことをできるだけ理解しようと努めること…



ちなみにちっちゃい話ですが、近所のお寿司屋さんで注文をスルーされても、「これはスルーされたかも?」
覚えやすいように一度に3つまで、印象に残りやすいような言い回しで再度トライ!してみました。。。



 

初めに、今思っていることを読む人のことを考えずに思ったことを書いたのでハチャメチャな文章になっていることを最初にお詫び申し上げます。


お金についてはその時折に「いったなんなんやろう??」と考える。

もちろん、現代において便利な交換手段であることは間違いない。

大学を卒業して何となく営業職を選び、とにかく自社の商品やサービスを売って営業成績を上げろ言う価値観に興味が持てずに、職を転々としたが、顧客の利益を自社の利益よりも先に考えることで、安定して営業成績を残すことができてきた。

そのうち「人の役に立つこと」に興味が湧いてきてボランティアにはまっていく。

その頃から「お金がないと困るけどそこそこで十分」という考えに。(今でもそれに近い考え方だが)

12年前に農山村で1年間活動するボランティアプログラムに参加する少し前に「リーマンショック」が起こり、お金と実体価値との隔たりを感じ、お金でお金を稼ぐことに果たして価値があるんかな?と思った。

大学時代は経済学部やったけど、マクロ経済学は訳が分からんくて、全く興味が持てず、もっぱら商業系の科目を面白いと感じていて、今また、マーケティングの勉強が楽しくなっている。

マーケティングは市場にあるお金をどうやって取っていくかを考えることやけど、「コロナ禍」において、市場にお金が出るまでってどうなってるのか?にも関心が向いた。

MMT(現代通貨理論)もその一つ。

んでもって税金による再分配もどうなってるの?

私はバブル崩壊後に就職活動したので「不況」が当たり前で社会人生活を送っていたので「赤字国債」、「国民一人に借金がウン百万円」というのも疑いもせずに「不況やしな~」と受け入れてきた。
でも、「企業が過去最高益を記録」、「高単価商品が売れている、金持ち相手のビジネスがイイよ」みたいなことを聞くと「何で??」

MMTの話を聞いてお金の価値をキープしつつ、税金も優遇されていることがわかり、「そうか今って金持ちに都合の良い世の中になっているんや」と違和感が解けた。

やっぱり、選挙は大事やね。

敬遠してた「資本論」も読んで勉強すべきかな?

日本では資本主義が行き過ぎて暴動は起こらなかったけど、さすが「コロナ禍」においては「いい加減にせい!!」と思うんちゃうかな?


話はあっちゃこっちゃになってるけど、お金ってやっぱり実質的な価値があって初めて成立するもんで、お札自体はただの紙切れ。

ただ、そのただの紙切れで争いごとが起こっているのも事実で、食べ物自体の実質的価値はどこの国に行ってもホントは変わらないはずなのに値段が天と地の差がある事実。

お金をうまく活用(暴力的なものも含めて)したものが、多くお金を保有している。

実質価値ベースで行けば世界にあるお金の量は変わらないはずだけど、実質的価値とお金の価値との隔たりが「貧しい国」を生んでいるような気がする。

SDGsは「誰一人取り残さない」が前提の取り組み。

世界がもうちょい良くなるきっかけをアフターコロナ(ウィズコロナ)で築いて行きたいものです。