(6)遠い再建/病床減難民化の懸念

 4階の病室に再びベッドが運び込まれた。部屋を占拠していた調理器や給湯器は姿を消した。
 石巻市の旧北上川河口にある石巻港湾病院。津波で1階天井まで浸水したが、私たちが訪れた9月下旬には応急復旧を遂げていた。
 「厨房(ちゅうぼう)室や外来診察室のある1階の改修がようやく終わりました」。マネージングディレクターの間山文博さん(51)は感慨深そうに語る。

 震災当時は132人が入院していた。療養病棟にいたのは、全介助の必要な重い意識障害の高齢者がほとんどだった。
 停電が解消したのは3月19日、断水が復旧したのは4月15日。病院はその間も、現地で医療を提供し続けた。
 1階にあった設備を2階以上に移し、4月上旬に外来を再開した。震災直後、石巻市内の特別養護老人ホームに避難させた患者も、4月下旬には病院に戻した。
 「ついのすみかとして入院した患者さんもいる。知らない病院に転院させるのは心苦しかった」
 院長の石田秀一さん(67)が、思いを語る。

<進む縮小と再編>
 沿岸部には、療養病床のある病院が点在、在宅介護の難しい高齢者を受け入れていた。大津波の直撃を受け、石巻港湾病院のように機能を維持できた病院は数えるほどしかない。
 津波が4階まで達した宮城県南三陸町の公立志津川病院。3月14日までに患者の搬送を終え、病院を閉鎖した。
 全126床のうち、療養病棟は50床。私たちが実施した遷延性意識障害者の実数調査で、該当者として回答した「20人」のうち、生存者はわずか2人だった。
 志津川病院は床ずれや栄養管理に気を配り、関節が固まるのを防ぐマッサージを土日も施していた。看護と介護の質の高さは地域で評判だった。
 現在の入院機能は登米市立よねやま診療所に間借りする39床。療養病床は12床に縮小した。「5年以内の病院再建を目指すが、具体的な場所や規模は決まっていない」と病院は説明する。
 被災地では、震災を機に療養病床の見直しが進む。40床あった石巻市立雄勝病院は入院機能のない診療所に縮小。98床の半分が療養病床だった女川町立病院も、一般病床19床の診療所と介護老人保健施設に再編される。

<在宅介護困難に>
 療養病床に患者を送り出す側の総合病院には影響がないのだろうか。10月中旬、私たちは石巻地域最大の総合病院、石巻赤十字病院を訪ねた。ロビーに患者があふれた震災直後の混乱は収まり、通常の医療体制に戻っている。
 地域医療連携室の高橋斐美さん(29)は「急性期を脱した患者は被災状況を考慮し、内陸部の医療機関などに優先的に受け入れてもらっている」と現状を説明する。
 石巻地域では、自宅2階や仮設住宅での生活を余儀なくされ、在宅介護が困難な世帯が増えた。介護を担っていた家族を失った患者もいる。
 「石巻地域では震災前から療養病床が圧倒的に少なかった。将来的に転院先不足が深刻化する心配はあります」
 高橋さんが口にした不安の先に見えるのは、震災を引き金にあふれる「医療難民」の姿だ。