「どれほどの医療が必要な患者が入院しているのかの議論も、患者を施設や在宅に誘導する筋道も決まっていなかった。削減ありきだった」
山形大大学院医学系研究科教授(医療政策学)の村上正泰さん(36)が振り返った。官僚として医療制度改革に携わった村上さんは、「一連の立案過程に疑問を感じた」などとして、関連法が成立した直後、06年7月に財務省を退官した。
<受け皿、議論なし>
たんの吸引や胃ろうなど医療の必要度の高い遷延性意識障害の患者が、転院を迫られ行き場を失うことが少なくない。その要因を探ると、私たちは療養病床の削減問題にたどり着いた。
村上さんが解説する。
仕掛けたのは、05年夏の郵政選挙で圧勝した小泉政権だった。「官僚イコール抵抗勢力」を旗印に、構造改革の表舞台となる経済財政諮問会議が社会保障費の抑制を強く求めた。そこで厚労省が示した対案が、療養病床の削減による平均在院日数の短縮だった。
しかし、その段階で患者の受け皿の議論はなかった。議員や専門家からは「多くの医療・介護難民を生むことになる」と指摘を受けた。
「厚労省の答弁は『行き場のない患者が生まれないようしっかりやります』と繰り返すだけだった。全く具体性を欠いていた」
政府は08年に削減数を23万床から13万床に変更し、09年には削減自体を凍結した。相次ぐ軌道修正を迫られた理由を聞こうと、私たちは厚労省に向かった。
「現場に混乱を招いていることは申し訳なく思う」。老健局の担当者は話した。10年2月と4月に実施した療養病床のある医療機関などへの調査結果を示し、「思ったほど施設などへの転換が進んでいなかった」と方針変更の理由を説明した。
調査では、態度を決めていない医療機関の約6割が「12年度の医療・介護報酬改定を見てから判断する」と回答した。国の方針を慎重に見定めているのは明らかだ。
<18年まで先送り>
その厚労省は2月中旬、療養病床の削減凍結を18年3月まで延長する方針を固めた。
村上さんは「将来のニーズへの認識や受け皿づくりの指針がないままでは、ただ結論を先送りしたにすぎない。7年後も今と同じように医療機関の態度未定が続くだろう」と指摘する。
老健局の担当者が、私たちの取材に答えた一言が忘れられない。
「意思がわからないので、あまり参考にならない」
医療機関への調査で、療養病棟の患者の半数が「意思表示不能」だったことを指していた。
みゆき会病院の看護師は、遷延性意識障害や重度の意識障害の患者が増えていることに対し、「意思表示できないので命を預かる責任を感じる」と話した。「患者のために配慮するほど、他の患者の入院が遅れてしまう」と思い悩む医師がいた。
ものいえぬ患者を統計の一つとみる厚労省と、患者と向き合う医療現場。「命」の受け止め方に、埋めがたい隔たりがある。
