ブログネタ:死刑について考えてみる 参加中
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確かに死刑制度に対しては賛否両論あって当然ではある。
よく言われるのが「人権について」であろうと思う。
人間が人間を裁く・・・あってはならないと思う。
しかし「秩序」を考えれば、「制度」そのものは必要がある。
刑罰の「度合い」は違うが、悪い事に対しての「刑罰」は必要だろう。
人権を守る為の「刑罰」・・・。
人を(いかなる理由があろうが)殺めて、その人が社会復帰を目指せる可能性あったとしても、厳罰をもって処する事が正当だと思う。
殺人者の人権? なら、被害者の人権はどうなのだろうか?
被害者はこの世に居ないのである。 しかし、裁かれし者は生存し、刑期を終えてまた娑婆に出て「人生」を送る事になる。
例え「終身刑」(日本には無いが)だとしても、「生きれる」のである。
こんなことが許されるのだろうか?
自由を奪われた生活・・・・それでも、この世に「生きれる」。
別に「孤島」や「独房」で一生を送るわけじゃない。
誰かと接して・・・生きれるのである。
「考え方」を変えれば・・・・その人にとっては「娑婆」と同じ生活が出来るのだ。
私は、あまりにも「不公平」に思える。
これから「希望」や「夢」のある「人生」を奪っておいて、罰則だからと言って、「生きる権利」を保証されているのは納得いかない話である。
刑法には、死刑判決が出た時点から6ヶ月以内に死刑執行制度があるのに・・・何故?施行しないのか?
勿論、冤罪等々や審理再請求等々があるであろう。
なら、何の為の「裁判」であり、「判決」なのか・・・・?
「死刑判決」が出ていながら・・・20年・30年と「生きている」ではないか。
現在、死刑執行人は104人と聞く。
刑法にある制度なら・・・それほどの人間が居るわけがない。
何の為の制度なの?
殺人者は死刑にしろ! と、いうわけじゃない。
審理の過程で「判決」がでているのであれば・・・執行するのが当然と考える。
私は「死刑制度」を問うより、「人権制度」を重きに置くべきのように思える。
それも、被害者を重視した「人権制度」が望ましい。
加害者はそれなりの「罰則」は受けなければならないが・・・・。
被害者の将来性や遺族の「これから」を考えると・・・痛たまれない気持ちになる。
何の縁も無い人を殺め、その遺族を地獄に突き落とす・・・何の権利があるのだろう?
そんな権利なんか、誰にも無い筈だ。
「保身」だけを考えて、供述書も・・・コロコロ変わるのは、誰が見ても、思っても・・・・「言い逃れ」に思えるだろう。
「間違って」殺めてしまった・・・・のとは、違うような気がする。
まぁ、これは「当事者」しか知り得ない事なのだが・・・・。
第三者的立場からは・・・過去の判例での「量刑」ではなく、もっと突っ込んだ「厳罰」が望ましい。
あまりにも軽すぎる?ので、再犯や平気で人を殺めてしまうのではないだろうか?
「殺されても良い人」なんか・・・世の中居ないんだよ。
自分の欲望で、個人的な恨み、辛みで・・・簡単に殺人に走ってしまう。
それを是正するには・・・・小学校からの「教育」まで・・・遡らなければならないだろうよ思う。
もっと、もっと「人の命」を尊厳する教育が必要だろうとも思う。
陪審員制度・・・・正直言うなら、私が生きている間は当たらないで欲しい。
法律の勉強も何もしてないし、果たして・・・・冷静な判断が出来るだろうか・・・。
遺族感情に惑わされ、冷静な判断なんか出来やしない。
遺族感情移入で・・・冷静になれるだろうか?
そんな感情で「陪審員」になって・・・もし「死刑判決」なんか出たら・・・後悔の念に囚われないだろうか?
一生悔やむ生活にならないだろうか?
そうなれば、被告人も迷惑ではないだろうか?
出来れば・・・司法を勉強し、裁判官や検察官や弁護人を目指す方にやって頂きたいものだ。

どう考えても・・・私には「出来ない」ような・・・・気がする。