発達障害(自閉症スペクトラム、ADHD)の
小4の息子を育てています、まろママです。
2026中学受験(予定)生。
とりあえず、中学受験以前の基礎スキルを
身に付けることを今は頑張っています😅
「できないこと」多めの親子ですが、
ゆるーく頑張っています♬
お疲れさまです
子育ては「推し活」!まろママです
先日から突如はじめた
映像思考(立体思考)についての記事。
言葉で表現するのが苦手な
映像思考(立体思考)の子どもの良さを
どうやったら活かせるのか?
①映像思考の子どもは、言語ではなく映像で考えている
③映像と言語ではデータ容量と思考様式が違う
データ容量のイメージ
言語情報と画像情報のデータ容量の違い
アルファベットであれば「dog」の3文字、
漢字であれば「犬」の1文字、
画像であれば上の通りで、かろうじて原形を留めるためにはそこそこの情報(今回は7×7のマス目)が必要になります。
これを「バイト数」で見てみると…
アルファベットでは半角3文字で3バイト、
漢字では全角1文字で2バイト、
7×7のマス目で作った絵の画像は1つのマス目が3バイト(※赤、青、黄色各256通りで表現する場合)なので147バイトのデータ容量が必要です。
画像情報は「たくさんのデータ容量が必要」であること、イメージして頂けたでしょうか?
言語でのコミュニケーション能力が重視されてきた理由
こうして振り返ってみると、これまで「言語情報」によるコミュニケーションが重視されてきた理由の1つに
「言語情報はコミュニケーションに要するコスト(時間・手間・費用)が低いから」
ということがあると考えられます。
特に、発信する側の負担は
口伝<文字<映像
の順に大きくなるので
「一を聞いて十を知る」
といった「察する能力=言語情報を元に自分で情報を補完して理解する能力」が高い人が重宝されたのではないでしょうか。
しかし、今はギガの時代です。
20年前(ガラケー時代)に比べて、映像での「コミュニケーションコスト」が格段に下がっています。
子ども1人1人に合った「学び方」「学習成果の発表方法」の選択肢が、もう少しあっても良いのではないでしょうか?
* * *
今回は「映像と言語のデータ容量の違い」と「なぜ言語でのコミュニケーション能力が重視されるのか?」について考えてみました。
「映像で考えるタイプの子どもには、その特性に合った学び方・表現方法を学校教育などでもっと認めてあげて欲しい!」
と、思うものの、私自身は自分の能力開発において「言語での思考・コミュニケーション能力の向上」は重要なことだと考えています。
理由はいくつかありますが、1番大きいのは
「映像で考えると、ワーキングメモリがすぐにいっぱいになる」
と感じているからです。
ヒトの情報処理と、通信の情報処理は異なりますが、ヒトの脳内でも「言語情報」と「映像情報」では「映像情報」の方が情報量が多いと考えられます。
「昨日何をしていたか?」答えるために
「昨日読んでいた本の表紙の画像」
「特に面白かったページのスクリーンショット」
を思い出していたら、情報量が多すぎてフリーズして当然です。
目指したいのは「課題に対して適切な思考方法を選択できる」状態。
そのために、どのように取り組んで来たか…
次回ご紹介したいと思います。