お葬式から帰ってきました。

なんでこんなに亡くなってから日があるのかと思っていましたが、

単にお寺さんが大きな行事を持っておられたのと

友引が重なっただけでした。

長く家に置くのが大変なのは、

両親や祖父母を見送ってきた私にはよくわかります。


父の田舎から東大に進んで、そこの教授の婿養子に入った叔父は、

亡くなった父のすぐ上の兄でした。

まあ、俗にいう逆玉っていうやつですわね(笑)

父とは一番仲が良かったですが、母は、

「まあ、綾美さん、お元気~」 

と上品な関東弁で話す叔母にはライバル心があったようで・・

いつも父の実家に兄弟が集合する時は、

叔母を意識して頑張ってお洒落していたのを覚えています。

中高校になるころには、東京から従姉弟達も来なくなり、

もう何十年と会っていませんでした。


新横浜から、早朝の新幹線で来た関西の従姉と合流すべく、

携帯で連絡を取りながら乗り継ぎ。

在来線にグリーン車なんか挟んで運行しているとは

田舎者の二人にわかるすべもなく・・

「同じ電車のはずだよね」とメールしながら

お互い電車をカラスのような格好で往復。

都会は東京だけではなかった!


下の子が同い年ということもあって

お葬式に行くとは思えないような明るい会話がはずみます。


会場で、何十年かぶりに従姉弟達に会いました。

家族ももう諦めがついていて落ち着いていました。


すべて終わって故人を偲んでの会食時には、

昔お盆に集まっていた時のように賑やかになりました。


そしてダンスをやってるのを知ってる豊中の叔父が

「ダンスはどうや?」 って聞くので、

待ってました~とばかり、

都道府県対抗戦の兵庫メンバーに選ばれたことを話すと・・

従姉妹達は「何時?何処で?見に行くわ!」と言い出すし・・

もっと恐ろしいことに、

関西の叔父達や従兄まで、49日の法要が23日になったら、

その日泊まって翌日応援に行くと言い出しました。ムンクの叫び

ええええええーーーーービックリマーク

なんだか、祭り好きな家系です汗

すごい重圧・プレッシャー!へこむ


独りだと喪服でも鎌倉散策して帰る私ですが、

叔父達や従兄姉達が一緒に帰ろうと言うので新幹線を変更することに・・


おっと!

パックツアーの新幹線チケットは指定席取り直せないのですね!

仕方なく、新横浜で時間つぶし。

新幹線は独りきままに駅弁食べて、本一冊読破。

3時間はあっというまでした。


←横浜はシュウマイでなくっちゃ


父の実家の従兄だけが言いました。

「足、引っ張らんようにがんばりよ」 と・・

正明兄ちゃんは、やっぱり私を一番よく知ってる(笑)



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