エイドリアン・リム

 

1981年1月24日、シンガポールのトア・パヨー地区でアグネス・イング・シュー・ホック(9)が教会からの帰りに行方不明になった。アグネスは殺害されており、その遺体はその翌日、教会から1kmほど離れたアパートのエレベーター脇で、バッグに詰め込まれた状態で発見された。死因は窒息だった。血を抜き取られた痕があり、強姦もされていた。腸の中からも精液が発見されたというから何とも痛ましい限りだ。

2月7日には同じブロックの木の根本でガザリ・ビン・マルズキ(10)の遺体が発見された。彼も前日から行方不明になっていた。死因は溺死である。今度は強姦されてはいなかったが、やはり血を抜き取られた注射痕があり、背中には火傷も確認された。現場には僅かながらも血痕が点々と近くのアパートまで続いていた。それを追う捜査官が最終的に辿り着いたのが自称「霊媒師」エイドリアン・リムの部屋だった。

リムは警察には札付きの問題人物として知られた男だった。現に彼は警察が強姦容疑で捜査中の男だったのだ。また詐欺まがいのインチキ霊媒でも有名だった。彼がターゲットにしたのは教養の高くないホステスや売春婦等の夜の女だった。リムと同居する妻のタン・ムイ・チューと「ホーリー・ワイフ」こと愛人のホー・カー・ホンは彼のかつての占いの顧客だった。つまり、ふたりともリムに洗脳されてしまっていたのだ

 

タン・ムイ・チュー

 

リムの部屋を捜索した捜査官は床の上に点々と残る血痕を発見した。リムはの血痕調理するために解体した鶏の血だと説明した。だが、捜査官は人間のものに間違いないという確信があったさらに室内で採取された毛髪がアグネスのものと一致た。こうして、リム、チュー、ホンのは逮捕された。そして、取り調べにおける彼らの供述から驚愕すべきべき犯行の一部始終が明らかになったのである。

 


「ホーリー・ワイフ」こと愛人のホー・カー・ホン


この事件の発端はリムが顧客のひとりに強姦容疑で告訴されたことに遡る。彼はこれまでにもたびたび顧客に鎮静剤を飲ませて犯して来たのだ。ところが、ルーシー・ラウだけは泣き寝入りで済まさなかったのだ。小心者のリムは慌て慌てた。そこで「警察の眼を逸らすため」に一連の犯行を思い立ったのである。児童連続誘拐殺人事件が起これば、強姦事件などに構っている時間はなくなるだろうと踏んだのだ。

 

ところが、その「捜査の眼を逸らすため」起こした事件で、逆にすぐさま逮捕されたわけだから、馬鹿というか間抜けとしかいようがない。また、彼らにとってアグネスガザリ犠牲者は生け贄の意味もなしていた。リムはインドの邪神カーリーを信仰しており、どうか私を警察の手からお救い下さいと犠牲者の血を捧げていたのである。アグネスを犯したのは勢い余ってのことだろう。全くもって身勝手な犯行だったのだ

 

少女の肛門まで犯す尊師をふたりの女は何を思って眺めていたのだろうか? それが邪悪な悪事であると気が付かないことがカルトの真に恐ろしいところだ。よこしまな信心は人の良心や人間性さえも奪ってしまう。かくして41日間に及ぶ裁判を経て3人には死刑判決が下された。そして、1988年11月25日に揃って絞首刑に処された。殺人などしなければ強姦のみで裁かれたものを、つくづく愚かな連中である。