足立朱美
2018年1月20日、大阪・堺市の水道工事会社「大一水道」元社長の足立富夫さん(67)が低血糖状態で倒れ、救急搬送された。富夫さんは糖尿病を患っており、インスリン治療を続けている状態だった。富夫さんが興した「大一水道」は長女の足立朱美(44)が跡を継いでいた。富夫さんには長男の聖光さん(40)もいたが、別の建築会社を設立して順調に経営していたため、2015年頃に姉の朱美が継承した。「大一水道」は朱美が経営するようになると、売上高は2年間で半減した。
入院した富夫さんは数日すると回復したことから、1月25日に退院となった。しかしその翌日の26日、富夫さんは再び低血糖状態となり、病院に運び込まれたた。それからは意識が戻らない状態が続いていた。その後、聖光さんが3月27日、練炭による一酸化炭素中毒で倒れているところ発見された。場所は聖光さんの実家(富夫さんの自宅)で、1階に水道工事会社の事務所があり、2階が富夫さんの住居として使われていた。事件当日、2階の住居には聖光さんと母親、姉である朱美がいた。
足立富夫さん
聖光さんの妻が朱美から電話連絡を受けて駆けつけたところ、聖光さんが2階トイレの床に座り込んだ状態で意識を失っていた。また、聖光さんの母親は2階リビングで横たわっており、意識が朦朧とした状態で呂律も回っていなかったという。ただちに聖光さんの妻が119番通報し、聖光さんは緊急搬送された。しかし、搬送先の病院で聖光さんの死亡が確認された。一見すると、聖光さんは自殺を図ったように見えた。遺書が見つかったこともあり、大阪府警も自殺と判断して司法解剖は行わなかった。
足立聖光さん
この遺書は聖光さんが発見された直後に朱美が聖光さんの妻に手渡したものだった。文面は「父と姉のために金策に走り回ったが、融資を受けることができなかった」「私が父(富夫さん)にインスリンを打った」という内容だった。もし、これが本当なら、『富夫さんを意識不明に追いやったのは聖光さんで、それを苦にした自殺』という見方ができる内容だった。だが、聖光さんの妻は警察の見立てに異議を唱えた。彼女は生前から聖光さんに「(自分の実姉である)朱美に気をつけろ」と再三言われていたのだ。
妻から「夫はパソコンで文章を書かない。文面や言い回しも違う。だから捜査してほしい」と度重なる要望を受けて、大阪府警捜査一課は死亡の状況や遺書の不審点に気づいた。朱美は自分に疑惑の目が向けられたことに焦ったかのように、4月末には第三者を装って、怪文書を近所の車のワイパーに挟み込むなどしてばら撒いた。その内容は「『聖光さんの妻』と『聖光さんの会社の番頭』がグルになって、姉(朱美)を犯人に仕立て上げようとしている。しかし、逆にこのふたりこそ怪しい」というものだった。
このほか、聖光さんの妻の軽自動車や自転車などに塗料を吹きつけたことが、防犯カメラから明らかになった。こうした状況証拠から、府警は2018年6月20日、朱美を『聖光さんを殺害した疑い』で逮捕。朱美の逮捕から8日後、父親の富夫さんが意識不明のまま、誤嚥性肺炎を起こして死亡した。富夫さんは1月に低血糖状態を起こして2度も搬送されたが、両日とも朱美が実家に泊まっていた。最初の搬送時には朱美が作った甘酒を飲んでおり、さらに富夫さんのインスリンも実家から消えていた。
その後の捜査で、富夫さんの体内から朱美が病院から処方された睡眠薬と同じ成分が検出された。府警は朱美が睡眠薬で富夫さんの意識を失わせ、インスリンを注射したものと考えた。また、朱美はスマホで「インスリン 多量 摂取」「低血糖放置で死ぬ?」などと何度も検索していた履歴が残っていたことも判明した。2018年10月17日、朱美は父親の富夫さん殺害容疑でも再逮捕とされた。そして、大阪検察は父と弟殺害のいずれのケースも「朱美が強い殺意を持って犯行に及んだ」として起訴した。
2022年8月22日、大阪地裁で足立朱美被告の裁判員裁判が始まった。朱美被告は罪状認否に「申し上げることはございません」と述べた以外、黙秘を続けた。検察は冒頭陳述で、朱美被告が「糖尿病の父を事故に見せかけて殺すためにインスリンを打った」、「その犯行を疑った弟を自殺に見せかけて殺すため、遺書を準備し、練炭を燃焼させ一酸化炭素中毒により殺害した」と主張。さらに、一連の犯行を疑った聖光さんの妻らに対し、朱美被告が「妻を中傷する文書を撒くなどした」と主張した。
一方の弁護側は検察が死刑を求刑する可能性に言及したうえで、「父親の富夫さんは末期がんで衰弱していたため、病死した」と主張し、富夫さんの体内からインスリンが検出されたことには「富夫さんが自ら投与し、低血糖に陥った可能性もある」などと述べた。また、聖光さんの死に関しては「朱美被告による犯行だと十分に立証できていないと主張。「間違いないと考えられる場合でなければ有罪とすることはできない。黒か白か判断する場ではなく、黒まではいかないというときは無罪とするべきだ」と訴えた。
「富夫さん殺害」の審理では、検察側は朱美被告の母親を証人として法廷に呼んだ。夫と息子を殺害され、ふたり殺人の罪で娘が起訴されたという現実に、母親は複雑な心境を吐露した。検察官から血糖値測定器について尋ねられた際、母親は「なぜ急に2度も続けて低血糖になるのか疑問に思った。搬送先の病院で測定器を見ると、かなり低い約20mg/dlになっていた。測定値を息子の聖光に見せると、ショックを受けた様子だった。朱美が何らかの形でかかわっているのかと思った」と話した。
富夫さんの主治医や、法医学医、腫瘍内科医らも証人出廷したが、死因についての意見は分かれた。主治医と法医学医は「インスリン投与による低血糖脳症が死因」とし、腫瘍内科医は「がんが死因」との見解を示した。検察側は朱美被告が父の富夫さんの死後に富夫さんの銀行口座から預金が引き出していた事実を挙げ、「犯行動機は金銭目的の可能性が高い」と指摘。また、朱美被告が富夫さんの血糖値を測定し、下限に近付いた時点で取り乱すことなく、119番通報していると主張した。
11月7日の論告で、検察側は「朱美被告は、2度にわたって人を殺害しており、生命軽視が甚だしい」として死刑を求刑した。一方の弁護側は最終弁論で『病死の可能性』や、『被告に殺害の動機がない』ことを挙げて無罪を主張した。2022年11月29日の判決公判で、大阪地裁は朱美被告に無期懲役を言い渡した。弁護側は無罪を主張していたが、裁判長はすべての起訴内容を認定し、「一定の計画に基づいてふたりの命を奪った悪質な事案で、生涯をかけて罪と向き合うべきだ」と述べた。
続けて裁判長は「富夫さんが低血糖状態になった際、一緒にいたのは富夫さんの妻と朱美被告だけだった」と指摘。朱美被告は『低血糖死亡』と何度も検索していたことなどから、インスリンを投与したのは被告と判断した。また、富夫さんが低血糖状態になった後も長時間放置し、殺害の意図があったとした。聖光さんの死亡についても、事件前に『朱美宅に練炭が配送されていた』ことや、『聖光さんの遺体から朱美被告に処方された睡眠薬の成分が検出された』ことから、朱美被告による殺害とした。
そして、裁判長は聖光さん名義の遺書についても、「朱美被告が実家のパソコンで作成したものであり、聖光さんが作成したものではない」と断定した。そのうえで、死刑を回避したことについては、聖光さんの殺害は「父親殺害の罪を被害者である聖光さんに、なすりつける目的であり、生命軽視の程度は大きい」とした。その一方で富夫さんを殺害した動機は明かでなく、「死刑の選択が真にやむを得ないとまでは言えない」と結論づけた。この判決を受けて、検察側は2022年12月12日付で控訴している。
足立朱美は1975年5月25日に生まれた。小中学校時代は勉強も運動も優秀で、男子から人気があった。小学生時代はバレー部、中学時代は陸上部に所属。高校は私立羽衣学園高校に入学し、卒業後は系列の羽衣学園短期大学の国文学科に進んだ。朱美は短大時代に10歳年上の郵便局員と結婚し、ふたりの息子を儲けたが、夫がギャンブル狂いで離婚を決意。この離婚の際、朱美は子供の親権を得るために、夫の定期入れに大麻を入れて通報するという偽装工作をして逮捕された。
若い頃の朱美
朱美は羽衣学園短期大学卒業後、外国産車代理店(BMW)に勤務した。当時の朱美を知る同僚だった男性は「入社してきた時、可愛らしい顔の子が入ってきたなと同僚と盛り上がりました。当時、彼女は結婚していたと思いますが、色気が漂っていたし、明るくて愛想のいい子でしたよ」と、男性社員から人気があったという。その後、朱美は花屋や個室エステ、ホストクラブなど様々な商売を始めているが、いずれも長続きしていなかった。2015年に水道工事会社『大一水道』を父親から継承している。