第一次世界大戦後のパリ講和会議で、日本は人種差別撤廃の提案を行っている。実は、国際会議でこういったことを訴えたのは日本が初めてであった。その結果、賛成したのは日本、フランス、イタリア、ギリシャ、セルビア、クロアチア、チェコスロバキア、ポルトガル、中華民国。反対は米国、英国、ブラジル、ポーランド、ルーマニアであった。条文に規定がない内容を前文に入れるのはおかしいという理由での反対もあったが、それでも賛成票が反対票を上回ったのであった。

しかし、議長だった米国のウィルソン大統領が 「全会一致でないので、本案は否決された」と述べたのだ。日本は「これまで議題が多数決で採決されていたではないか」と食い下がるが、ウィルソンは「このような重要な問題は全会一致、あるいは反対票なしの決定だった」と一蹴したのである。日本は提案の趣旨と賛否数を議事録に残すことを要求して引き下がるしかなかった。当時、植民地を抱えていた主要国からすれば、人種差別撤廃など、とても呑めない話であったのだ。

 

これは理想的な理念を打ち出すべき国際連盟が「人種差別は世界の基準」と判定したも同然だった。人種差別撤廃案は不採択となったが、日本が世界で最初に人種差別撤廃を提案した国となったという歴史的事実は国際社会に大きな刻印を残した。また日本は三国同盟後もドイツのユダヤ人迫害には同調せず、人種差別的な主張と政策には否定的な姿勢を貫き通した。昭和天皇は大東亜戦争の遠因のひとつとして、人種差別が撤廃されなかったことを挙げている。

 

こうした日本の先人らの行動を知る時、私は日本人であるとこを大いに満足させられた。翻って、今の日本はどうか? 中国政府による新疆ウイグル自治区で不当に100万とも200万ともいわれる人々が拘束され、強制労働に就かされている。ウイグル族の女性は不妊手術を強いられ、漢族の男に性的暴行を受けている。こうした新疆ウイグルでの状況が詳らかになるに連れ、欧米諸国や人権団体は中国政府が新疆地区でジェノサイド(集団殺害)を行っていると非難している。

 

ところが、日本では中国の人権弾圧に対する非難する国会決議案が、先の通常国会に続き、今月21日に閉幕する今国会でも採択が見送られることになった。「対中非難決議」は、まさか雲散霧消か。そして、米国は今月6日午後、新疆ウイグルでの人権弾圧を理由に北京冬季五輪の「外交的ボイコット」も発表した。続いて、英国、オーストラリア、カナダなどが賛同し、足並みを揃えた。チベット、ウイグル、南モンゴルの人権団体の連合体はこの外交ボイコットを歓迎した。

 

 

ところが、岸田首相は今月10日の参院本会議代表質問で、「外交的ボイコット」について聞かれ、「適切な時期に、五輪・パラリンピックの趣旨、精神や外交上の観点など、諸般の事情を総合的に勘案し、私自らが判断したい」と答弁した。「適切な時期」「五輪の価値」「諸般の事情」とは、まったく理解し難く、ため息しか出てこない。「対中非難決議」も自民党執行部は北京冬季五輪の「外交的ボイコット」をめぐる対応を政府が決める前の決議採択に反対しているのだ。

 

「外交上の観点」や「諸般の事情」とは、平らたくいえば「対中非難決議」や「外交的ボイコット」を行った際の中国から受ける経済的制裁を恐れてのことだろう。英国のウィンストン・チャーチル元首相の至言がある。「カネを失うことは小さい。名誉を失うことは大きい。勇気を失うことは全てを失うことだ」 中国に「人権弾圧を止めろ」と発言する勇気さえもない今の日本人。約100年前、人類史上初の「人種差別撤廃」を提言した我々の先人は草葉の陰で泣いているに違いない。