世の中には、さまざま障害を抱えながらも強く生きている人々がいる。とりわけ全身の運動機能が麻痺する「脳性麻痺」や「筋ジストロフィー」を発症した場合、本人のみならず家族の負担や苦しみは当事者ではなくては分からないだろう。しかし、日本のように一定レベルの社会保障と医療制度が整備されていれば、その苦難はわずかながらも軽減されるが、世界を見わたせば、そのような環境が整っていない国もまだまだ多いのが実情だ。

 

ベトナム東北部のカムファ市のクアンハン区で、母親と暮らすカオ・バ・クアットさんは、47年間の人生をロープに吊るされて過ごしてきた。虐待かと見紛うような衝撃的光景だが、カオ・バ・クアットさんと家族にとっては止まれぬ事情があった。カオ・バ・クアットさんの身体に異変が生じたのは生後わずか数日のことだった。妊娠中の母親に異常は見られず、出生体重も平均的だったが、突如として、脳や運動の機能に障害が現れはじめたのだ。

 

やがて、カオ・バ・クアットさんは体を自由に動かすことができず、寝たきりになった。我が子の状態を改善させようと両親は財産の全てを投じて治療法探しに奔走したが、主治医が見つからなかった。遂に資金は底をつき、自宅での介護を余儀なくされた。カオ・バ・クアットさんと家族の長く厳しい戦いは、こうして始まった。両親の願いも虚しく、その後もカオ・バ・クアットさんの全身の筋肉は、歳を重ねるごとに衰え、四肢は次第に壊死した。

 

しかも、動かそうとすると、叫び声を上げるほどの激痛が走るため、当初はベッドに寝かせて介護を始めたが、母親のアイデアによってカオ・バ・クアットさんは“吊るされる”ことになった。手足を空気が入った袋で包み、その袋をロープに括りつける。このようにして、一見すると非人道的にも見えるが、カオ・バ・クアットさんにとって最適な姿勢を保つことができる環境が整った。しかも、このように吊るすことは、介護する家族にとってもメリットが大きかった。

 

この方法は食事の世話や便の処理、さらに姿勢を変える時にも何かと勝手が良いのだという。これでカオ・バ・クアットさんの苦痛が完全に取り除かれたという。これで、症状の進行が止まるわけではないが、本人と家族にとっては最善の策だったということのようだ。現在86歳になる高齢の母親は、これまでカオ・バ・クアットさんを表に出さず、47年にわたり彼の介護を隠すようにして介護を続けてきた。人々に恐怖を抱かせることを恐れたためだという。

 

 

しかし、自らが死んだ後に誰が息子の面倒を見てくれるのか不安になり、メディアで窮状を訴えることにした。母親の「息子と一緒に死にたいと思ったことは何度もある」という必死の思いが新聞などで報じられると、即座に反応したのはベトナムのネットユーザーたちだった。なかには虐待を疑ったり、「クモの巣男」などと揶揄する反応も見受けられるが、多くの人は高齢の母親と障害を抱えた中年の息子の苦難に心を打たれ、募金活動が開始された。

 

カオ・バ・クアットさんは先天的麻痺にもかかわらず、彼の脳は正常に発達している。多くの言葉が不明確であるにもかかわらず、彼は話かける人の言葉を理解する。例えば、「貴方はサッカーが好きですか?」という問いに「はい」と答える。「では、どのチームと、どの選手が一番好きですか?」と問えば、「U.19でCongPhuongです」と返答する。勇気を振り絞ってカメラの前に立ち救済を訴える母子の願いが叶い、事態が早く好転することを願いたい。