夫と結婚したあと2年、私たちは夫婦ではなくシェアハウスに住んでる同居人のようでした。
それぞれ寝室があり、ダイニングキッチン、トイレ、洗面所、お風呂は共同で使う。
リビングは日中は私、夜は夫が使う感じでした。
二人で同じ空間にいる時間はなく、唯一一緒にいるのは、たまに行く私だけだと買うのが大変な日用品の買い物の時、車の中だけでした。
夫のお給料で生活しているので、洗濯、掃除、食事の用意の基本的な家事はしてしていましたが、夫が休みの土日祝は私も休み、全くなにもしませんでした。
当時子供がいなかった私は、必要最低限の家事以外は毎日自由気ままに好きなことだけやって過ごしていました。
と言っても体調は良いとは言えず、今よりも頻繁に寝込むことが多く、一日寝て過ごすことも多々でした。
私は付き合っていた頃のように夫と話すことも笑うこともありませんでした。
常に表情は乏しく、しかも自分からは一言も発しなかったです。
そうしようと思っていたわけではないのですが、夫と話したいと言う気持ちが全くなかったんです。
夫は付き合い初めから、会社を出る時に「今から帰る」と連絡をくれました。
結婚後は
夫「今会社でたから」
私「はい、お疲れ様でした」
夫「今日は体調どう?ご飯作れる?何か買って帰ろうか?」
私「大丈夫です」or「お願いします」
ほぼ毎日、この会話が繰り返されました。
その電話以外で話すことは、挨拶やお礼など必要最低限だけで、ほとんどありませんでした。
夫は毎日帰ってくるのが憂鬱だったと思います。
私は結婚前は夫を散々罵りましたが、結婚後はその事を一言も言いませんでした。
もう夫と話すことが億劫になっていたんです。
酷い対応だったと思いますが、その時は夫にどう思われようと、どうでもよかったんです。
医療費と生活費を出してくれる、夫はただそれだけの存在でした。
体調が良くなって元の体になるまでの間だけお世話になるだけだと。
私の夫への感情はそんな感じでした。
だから夫が土日に何してようと気になりませんでした。
生きるためのお金さえくれて住む場所をもらえれば、あとは夫がどうしてようと全然気にもならないなんて、私の中で夫に対する気持ちが一度終わっていたんだなって今考えると思います。
夫はなんとか関係を改善しようとプレゼントをしてくれたり、景色の良い場所や美味しいと評判のお店に誘ってくれました。
ですが私は夫と一緒にいること自体が苦痛なので夫と出かけることはありませんでしたし、もらったものを身につけることもありませんでした。
夫は一生懸命話しかけてくれていたような気もします。
私の方は夫になるべく関わらないように過ごしていたので、当時夫がどんな感じだったか覚えていません。
何をしても関係改善の兆しは見えず、取り付く島もない状態に途方に暮れたと何年か後に夫から言われました。
夫はとにかく私にこれ以上嫌われないように細心の注意をはらって暮らしていたらしいです。
そう言えば当時は今ほどやりっ放し出しっぱなしではなかったように思います。
でも本当に夫の事を少しも気にかけていなかったので、当時の夫の様子は全く覚えていません。
そんな酷い結婚生活が2年続いていた夫。
ある日突然
「寒いから今日は一緒に寝たい」
と私に言われます。
一緒に寝ることはおろか、同じ空間にすらいることが結婚前後の3年以上ほぼなかった私たち。
夫は腰が抜けるほど驚いたと言っていました。
別れ話をされるか、下手すると殺されるんじゃないか、と思ったとも言っていました。
でもここで私の申し出を断ったら一生関係改善はないと思い、一か八かと言う思いで私の寝室にやって来たそうです。
その日は雪が降ってとてもとても寒い一日でした。
しんしんと降る雪。
見渡す限り真っ白な世界。
どこまでも静かで、いま生きているのが本当か、分からなくなる変な感覚が襲ってきていました。
いま思うと精神的に追い込まれていたのだと思います。
苦しいとか辛いとか、そんな感覚はありませんでした。
無。
本当に何も無い。
空っぽ。
そんな感じ。
降りつもる雪に自分がとけて混ざり、存在が無くなっていくような不思議な感覚。
開け放たれた窓からとても冷たい空気が入ってきて寒いはずなのに、心地良いとすら感じてました。
仕事から帰ってきた夫は部屋の寒さと私の様子に息をのんだらしいです。
いつも夫が帰ってくるまでに入浴をすませるのですが、私の体の冷たさに驚いた夫に促され、もう一度お風呂につかった私はとてつもない寒さに襲われました。
ただただ寒くて温もりがほしかった。
夫をベッドに誘ったのは、そんな理由でした。
きっと夫でなくても良かったのかもしれません。
たまたま夫が一番近くにいただけ。
その夜、私たちは3年数ヶ月ぶりに肉体関係を持ちました。
あれほど気持ち悪いと思った夫ですが、その時は不思議となんの感情もわかず、慎重で必死な夫が滑稽にみえただけでした。