151種類世代のらっこです。


小学生の時に1番好きだったのはメタモンでした。


こんにちは〜( ・∇・)ノ








今日は雨ですね〜











ないものはなく、


あるものはある。


目の前のことが明確で単純な事実で、


起こることの全ての、一部には自分が影響してる。


物心ついたときにそう気がついて、


単純な事実をまずは受け入れることが良いという結論に至ったらっこ。


メタモンは何にでも変身できます。


でも、目の前のものだけ。


なんにでもなれる=本当の自分がないという人もいるけれど、


らっこもそう思った日々もあったけど、


それは結局、鏡に映る自分ってことで、


ごくシンプルで単純な真実。


自分から見えない鏡には、自分は写らないんだもん。


常に目立って強くてカッコよくて空を飛べるリザードンに憧れることもあったけど、


リザードンはメタモンにはなれないもの。


それぞれにはそれぞれの良さがあって、


その姿を生きるかっこよさがあるって知る。


それだけでいいじゃない。


リザードンで生まれたことよりも、


メタモンで生まれたことよりも、


ないものはなく、


あるものはある。


いつだってたったそれだけだよね。


リザードンを悲しんむじゃなくて、


メタモンを悲しんむじゃなくて、


なにものだっていいじゃない。


わたしはわたし、


それ以上でもそれ以下でもないって思えたら、


きっとこの雨の雫も、


目があけられないほどのお日様の光も、


汚れた靴も、


伸び放題の髪の毛も、


ピンと張ってないTシャツも、


倒れた自転車も、


道端の枯れた花も、


どれも大切だと気がつくはずだから。


自分に大丈夫と伝えるくらいの厳しさは、


まだあるはずだよ。