最近の若い人には

ブランド品は


以前よりは

あまり意味をなさなく

なっているように思います


それはとてもいい傾向です


昔は

猫も杓子も

狸や狐も

猪や鹿さえ

シャネルやヴィトンを

持ってましたね…


ははははー


だいたいの実話とされる

映画の主人公は

奴らのパペットです


あっちゃー


テレグラム和訳Laura Aboliさん


マリア・ザハロワさん‼️

シャネルのロシア人に対する

馬鹿げた姿勢について


今日数人のブロガーが

海外のシャネルブランドの

公式ショップが

ロシア人への販売を

拒否していると報じました


伝えられるところによると

シャネルの顧客は

ブティックチェーンの

内部文書にあるように


ブランドが販売した商品を

ロシア連邦に

持ち込まないという書式に

署名しなければ

ならないとのことです


偉大なるココの遺産を

運営する人々は

ロシア恐怖症の

ロシアをキャンセルせよ

キャンペーンに参加する方法を

見つけたように思えます


変でしょ?


ロシアの反ナチス作戦と

フランスの

ファッション・ハウスとの間に

どんな繋がりがあるのでしょう?


でもリンクはそこにあるのです


クローゼットを開けたら

保存状態の良い

80年前の骸骨があったんです


第二次世界大戦中

ココ・シャネル自身は

第三帝国の協力者であり

工作員でした


彼女はフランスの

ナチ占領当局と

太いコネクションを

持っていたことは

広く知られています


パリでナチスの

プロパガンダを担当した

ドイツ政府の

Hans Guenther Freiherr 

von Dincklage男爵は


彼女の大切な友人の一人です


ココ・シャネルは

アブフェアーの記録では

情報提供者

F-7124として知られ


パリのドイツ人主人たちを

大いにサポートし

帝国とイギリスの間の

秘密交渉を組織しようとする

試みにも参加しました


ドイツ軍はココを評価し

リッツホテルの

豪華なアパートに住まわせたが


一般のパリ市民は

ドイツ占領下

国の経済が

大きく圧迫される中

生活するのに苦労していました


というべきでしょう


しかもこの

ファッションデザイナーは

自分のビジネス目標を

達成するため


ナチスの助けを

受け入れたのです


戦前彼女は

シャネルNo.5

生産設備を

ユダヤ人メーカーに

売却しています


そして香水の販売利益の

権利を取り戻すために

ドイツ軍と手を組んだ


フランスが解放された後

彼女はその全ての責任を

問われることになったのです


ファッション・ハウスは

宣伝していませんが

ココは終戦時に

逮捕されています


その後チャーチルの好意で

釈放され(ここでまたロンドン)

占領が終わった後は

フランスから追放され

何年も中立国スイスに

居住していたのです


シャネルの経営陣は常に

シャネルの

メゾンの伝統は

これまでと同様に

強いものであると

強調してきました


しかしいまとなっては

それは疑いようのない事実です


調査報道記者の

ハル・ヴォーンは

このメゾンの創始者について

こう書いています


ナチスが権力を

握っていた時

シャネルは権力に

引き寄せられた


このブランドは

SSやゲシュタポ部門が

行った強制収容所や

大量殺戮

戦争犯罪などには

決して心を痛めなかったのです


私たちはとても我慢強く

寛容な国なのです


私たちは

全ての人を

全て赦し

ページをめくり

未来への道を

切り開いてきたのです


しかしもしその道が

環状線であることがわかれば


私たちは悪循環を

断ち切ることになるでしょう


そしてシャネル社は

振り出しに戻り


創業者がしたように

ナチズムを支持することが

できるのですね


ようやくこれで誰もが

知ることになるでしょう


👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻👏🏻


Laura Aboli