一旦、地元に帰ることを敬子に伝えると、「早く帰って来てね。じゃなきゃ、やーよ」彼女は苦し紛れにそう答えたのだ。

 次の朝、私は敬子が寝ている隙に家を出た。昨日の晩、言ってあるので罪悪感はない。鳴ってくるとうるさいので、電話は切っておくことにした。やはり田舎である。空気が澄んでいてクエーッ、クエーッと鳥の声がする。場所によっては肥やしの匂いがプーンと漂ってくる。もう、スッカリ夏はどっかに行ってしまった。半袖じゃ肌寒い。秋冬物の調達も家へ帰る一つの要因である。なぜかって、ここは途轍もなく寒くなりそうであるから。

 途中、竹藪がザワザワしているのでギョッとした。スワッ、イノシシかと思ったが今度は山羊だった。といっても、こいつは野生ではなく絵山家で飼ってるやつだ。名前をチイという。以前、敬子に山羊なんか飼ってどうするんだと聞いたら、ただ、もらっただけだ、乳も出るし、雑草も食うから案外重宝しているとの返事だった。という具合に田舎というものはおおらかなのだ。なにしろ歌謡曲ではないが、なんでもかんでも時の流れに身を任せと来る。真剣に物事を考えることは滅多にしない。戸締まりをしないで寝ていること自体、都会では考えられない。

 ガソリンを入れていこうかな。半分入っているから、持つとは思うが順子の所に先に入るから少し不安でもある。スタンド探しでうろつくのも嫌だった。寄っていこう。街中にポツンと一軒あったのを来るとき記憶している。コンビニ付きなので、私も腹ごしらえをするのにちょうどいい。

 駐車場にシュービーがいた。ほっぽり放しなので埃をかぶっている。洗車機にかけてやるか。ガソリンさえ入れてやればいくらでも走るんだから、車ほど便利なものはないと私は思う。雨にも濡れないし風も防げる。この頃は車上生活者がかなりの数いると言うが、さもありなんと実感する。

 エンジンをかけて出発した。街へ降りる峠のところで、月王の巨大な建造物を俯瞰出来た。あんな山の中腹を切り開いて、デカい建物を造るのだから資本の力というものはそら恐ろしいものだ。どうも、最近は騒音防止が引き金になって、そうした建造物は僻地へと追いやられる傾向にあるようだ。土地が安いから企業も自然と迎合している。そのかわり、運賃は高くなるがそれは仕方ない。

 スタンドに着いた。6時半になっている。洗車機を使ってコンビニに行き、食い物を買って順子に電話することにした。今日はどういう予定なのか聞いておく必要がある。水を少し拭いてから車に乗った。スマホを取り出しかけた。

 「アラ」順子は直ぐに出た。

 「これから行く予定なんだけど、ダメかな?」私は優しく聞いた。カツサンドをパクリとやる。

 「いいわよ。明美はもうじき学校だけど、私は今日、3時からの勤務だから」カチャカチャ音がするから、朝ご飯でも食べているのだろう。

 「よかった。8時半ごろ行くから」

 「うん。待ってる」いかにも嬉しそうな声。

 「なんにも変わりないだろ?」

 「ない。元気でやってるよ」

 「そうか、よかった。じゃ、後で」私は電話を切った。

 できた女で、今どこにいるのかとか、なにしているのとかは聞いたためしがない。だから、会話が簡潔に終わる。電話料金からしても都合のいい女と言えた。ただ会って肉体関係を結ぶ。そんな関係が7,8年続いている。

 

                          続く