毎週水曜日は、日曜日の主日礼拝のメッセージをお届けしています。
4月5日に復活日(イースター)を迎えました。その後40日間、復活されたイエスさまは大勢の弟子たちの前にお姿を現されました。
復活の主イエスさまが弟子たちに伝えられた「最も大切なこと」とは何だったのでしょうか。
今回は、一番弟子ペテロの言葉から、そのことを考えてみました。
5月3日 の礼拝メッセージ
「主に愛されている者たちへの勧め」
聖書:ペテロの第一の手紙1章10~25節
(一部のみ抜粋)
あなたがたは、このキリストによって、彼を死人の中からよみがえらせて、栄光 をお与えになった神を信じる者となったのであり、したがって、あなたがたの信仰 と望みとは、神にかかっているのである。
あなたがたは、真理に従うことによっ て、たましいをきよめ、偽りのない兄弟愛をいだくに至ったのであるから、互に心 から熱く愛し合いなさい。(21.22節)
1.ペテロが伝えたかった「救いの恵み」
この手紙を書いたペテロは、イエスさまの一番弟子でした。しかし、そのペテロは、決して立派な弟子だったわけではありません。
イエスさまが捕らえられた夜、ペテロは恐ろしくなり、「そんな人は知らない」と三度も否定してしまいました。誰よりも「主のために命を捨てます」と言っていたペテロが、イエスさまを見捨てて逃げてしまったのです。
しかし、復活されたイエスさまは、そのペテロを見捨てられませんでした。
ヨハネ福音書21章で、復活されたイエスさまはペテロに三度、「あなたはわたしを愛するか」と問いかけ、そして、「わたしの羊を養いなさい」と託されました。
ペテロは、イエスさまに赦され、愛され、もう一度立ち上がらせていただいたのです。
この手紙は、復活のイエスさまと出会い、新しく生きる人への励ましの手紙です。
ペテロは、「あなたがたは神に愛され、ゆるされ、救われ、そして守られている」ということを、熱い思いをもって伝えています。
2. 聖なる者となりなさい
15 節には、このような言葉があります。
「あなたがたを召して下さった聖なるかたにならって、あなたがた自身も、あ らゆる行いにおいて聖なる者となりなさい。」
これは、レビ記 11:25 からの引用です。
聖書のいう「聖」とは、失敗しない 完全な人、罪を犯さない人のことではありません。
「聖」とは、「神さまのもの として分けられた」という意味です。つまり、「聖である神さまのみ心に従って 生きる者になる」ということです。
人を押しのけて生きるのではなく、愛することを選ぼうとする。
憎しみに流さ れるのではなく、赦しを求める。
自分中心ではなく、神さまの御心を大切にしよ うとする。
それが、「聖なる者」として歩むことです。
そして、この言葉を語っているのは、あの失敗したペテロです。他の弟子たちも同じでした。
自分たちが見捨ててしまったイエスさまが復活され、そのイエスさまに赦され、愛され、支えられて生きた人たちだったのです。
だから私たちも、「立派になってから神に近づく」のではありません。
弱さを抱えたまま、主の赦しと招きに従って、聖なるお方イエスさまについて行けばいいのです。
3.永遠に残る「主のみ言葉」
ペテロは続けて言います。
「 草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は、とこしえに残る」(24.25節)
草花は美しく咲いても、やがて枯れていきます。人の命も、力も、栄光も、永 遠ではありません。
人の言葉や価値観も、時代によって変わっていきます。
けれども、神さまの言葉は永遠に変わりません。
ペテロ自身、そのことを身を もって知りました。イエスさまは、かつてペテロにこうおっしゃっていました。
*ルカ 22:31.32
「 しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなた のために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやり なさい」
ペテロはイエスさまのこのお言葉を、後になって深く味わったことでしょう。
そして、このみ言葉は、悲しみと絶望感から彼を立ち上がらせました。
私たちもまた、神さまからのみ言葉によって生かされています。み言葉によって、私たちも 絶望や悲しみから立ち上がり、変わることができます。
皆さんにも、それぞれの「いのちの言 葉」との出会いがあるのではないでしょうか。
4.主に愛された者として、愛に生きる
ペテロは、こう勧めます。(22節)
「互いに、心から熱く愛し合いなさい。」
復活の主に出会ったペテロは、裏切った自分を愛し続けてくださる主の愛を知 りました。そのペテロが、イエスさまから受けた一番大切なことが、この「互いに 熱く愛し合う」という教えです。
主に赦され、愛された者は、その愛を独り占めするのではなく、互いに分かち合 って生きるようにさせられます。
自分から出た愛ではなく、自分を生かしてくだ さる主の愛が、そうさせるのです。
教会は、立派な人の集まりではなく、弱さを抱えた者たちが主の愛によって支 えられている群れです。だからこそ、互いに赦し合い、励まし合い、支え合って 歩んでいくのです。
変わりゆく世界の中で、変わることのない主のみ言葉に支えられながら、愛に 生きる者として歩んでいきたいと思います。
【黙想・祈り】
主なる神さま。あなたが御子をお送りくださった愛、そしてイエスさまがお示しく ださったあなたの愛を、もっと深く知ることができますように。そして、その愛に 倣って私たちも互いに愛し合い、あなたのお示しくださった愛の道を歩ませてくだ さい。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
長いメッセージをお読みくださり、ありがとうございました。
この日は、復活後最初の「聖餐式」がありました。
イエスさまは最後の晩餐の時、「これをわたしの記念として行いなさい」と教えられました。
みんなが、自分の体でイエスさまの愛を受け取るためです。
教会で守っている聖餐のパンと杯は、「見える神の言葉」とも呼ばれます。
目には見えない神さまの愛を、パンと杯という形を通してただきました。
「愛する」ということが、時には難しいこともあります。
けれども、イエスさまの愛をいただいて、少しでも愛することのできる者になりたいと思いました


私たちの教会の年間聖句です
海辺にいたカラスも仲良し

支え合って、共に生きている木

世界中に、神さまの愛が満ち溢れますように


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