(イザヤ書32:18)
(イザヤ書32:18)
たまには、心を引き締めよう……
わたしたちの教会の週報に掲載しているコラム「からし種」です。
イエス・キリストが知らせてくださった「からし種のような小さな神の国」を、日々の生活の中で見つけた驚きと喜びを綴っています。
2026.5.17の週報コラム
5月14日のイエスさまの昇天以後、弟子たちは一つ所に集まり、ひたすら祈っていたと聖書は伝える。
先日、知人に誘われて「平和を祈るキリスト者の集い」にオンラインで参加した。教派を越えて、平和のために祈ろうと始められた会である。
13名が集い、それぞれの平和への思いや願いを語り合い、共に祈った。
きな臭さを感じるこの時代、戦争反対の声を上げる人もいるだろう。
祈りは、ときに無力のようにも思える。しかし聖書は、神が私たちの祈りに耳を傾けてくださると語る。
一人の祈りよりも、二人、三人が心を合わせて祈るところに、イエスが共にいてくださると約束されている。
「平和の君」と呼ばれるイエスは、死を滅ぼし、死をもたらす人間の罪を取り除いてくださった。神に委ねながら、これからも共に祈り続けたいと思った。
14日に、復活されたイエスさまが天に帰られた後、弟子たちは一緒に集まってひたすら祈っていたと、聖書は伝えています。
ちょうどこの期間に「祈りの会」がもたれ、その場面を思い出しました。
同じキリスト教でも、それぞれに考え方の違いがあります。その違いが、ときに対立や分裂を生んでしまうこともあります。あれま……![]()
もし、「平和のための対立」があるとしたら、イエスさまはどれほど悲しまれるでしょうか。
利権のための争いは、人間の世界にはあるのだと思います。
でも、平和をつくり、皆が笑顔で暮らせる世界のためには、一致と協力が必要ですね。
そのために、もっと祈らなければならないなあと思いました。
「どうか同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つ思いになってください。
おのおの、自分のことばかりでなく、他人のことも考えなさい。」(ピリピ2:2.4)
イエスさまの愛に、応えることができますように![]()
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明日は主の日、礼拝の日です。
私たちに平安と喜びを与えてくださる
神さまを礼拝します。
5月17日(日)の礼拝
午前11時~12時
聖書:使徒行伝1章1~26節
メッセージ:「主の約束を待ち望んで祈る群れ」
私は骨粗鬆症なので、かかりつけの整形外科で骨密度の検査を半年に一回受けています。(レントゲンを撮るだけです)
あんまり努力はしていないのですが、お薬の効果で、骨量が「同年代の平均値よりも上」と出ると、ニンマリしていました。
でも、先日は、今までよりもちょっと下がってしまいました。
努力もしていないくせに、結果を聞くと、「あ、やっぱり頑張ろう」と思うのです。
だけど、医師が言いました。
「今度の診療報酬の改定で、検査が一年に一回になります」と。
え!なんだか、ガッカリしました。
もちろん、無駄な医療はやめなければなりません。
高齢者になれば、複数の医療機関にもかかります。
医療費が跳ね上がっていることは知っています。
「国民皆保険制度」が、いかにすばらしいことかも…
だけど、医療の世界も、だんだんと効率や負担の問題が大きくなってきています。お金のない人が、十分な医療を受けられないような時代に向かっています。
高齢になっても安心して暮らせる社会のために、「命を守ること」にもっと力が注がれたらいいのになあと思います。
こんな心配をしていると、骨がますます枯れていきそうなので、心配ごとはイエスさまに委ねて、楽しく過ごすことを心掛けたいと思います。
「心の楽しみは良い薬である。
たましいの憂いは骨を枯らす。」(箴言17:22)
皆が健康に過ごせる、憂いのない社会になりますように![]()
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合服は、「寒暑の合間、春と秋に着る服」のことです。
🌱もう、ひと月以上ここで育っています
毎週水曜日は、日曜日の主日礼拝のメッセージをお届けしています。
今週の木曜日は、復活されたイエスさまが天に帰って行かれる「昇天日」です。
その「昇天日」を前に、イエスさまが弟子たちに神さまのみ心を教えるために、「心を開いて」くださったことを思い巡らしました。
5月10日 の礼拝メッセージ
「心を開いて、聖書を悟らせてくださる主」
そこでイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて 言われた、
「こう、しるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。
そして、その名によって罪のゆるしを得させる悔改めが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。
あなたがたは、これらの事の証人である。(45~48節)
1.弟子たちに約束された「真理の御霊」
2000年前、復活されたイエスさまは、地上で40日間、弟子たちの前にお姿を現わされました。
しかし、弟子たちは、復活の主を見てもなお恐れや疑いの中にいました。
いよいよ天に帰られるイエスさまは、疑い惑う弟子たちの心を開いて、聖書を解き明かしてくださいました。そして、さらにこのような約束をされて、天に帰って行かれました。
49節:「見よ、わたしの父が約束されたものを、あなたがたに贈る。だから、上から力を授けられるまでは、あなたがたは都にとどまっていなさい」。
「わたしの父が約束されたもの」―それは、神のみ心を悟らせる「真理の御霊」とよばれる聖霊です。この聖霊が、弟子たちの群れに下ったのが、「聖霊降臨日(ペンテコステ)」の出来事です。
この聖霊によって、弟子たちは神さまのみ心を悟り勇気を得て新しく立ち上がったのでした。
今日は、私たちが聖書を悟り、また主を信じるために「心が開かれる」ということを、思い巡らしてみたいと思います。
2.聖書全体が指し示していた救い主
「モーセの律法と預言者と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する」(44節)
これは、旧約聖書全体が、神さまの救いのご計画を指し示していたということです。旧約聖書はキリストを映し出し、新約聖書はその約束がキリストによって成就されたことが記されていると言われます。
創世記の約束も、預言者たちの言葉も、詩編の祈りも、すべてキリストへとつながっていました。
イエスさまが2000年前にこの世に来られ、十字架の死を遂げ、そして復活されたことは、偶然、たまたま起こった出来事ではありません。
神さまが長い歴史の中で準備し、約束し、成し遂げてくださった救いの出来事です。
ですから、旧約聖書を通してイエスさまのひな型を見、またイエスさまのお話とその御業をとおして、旧約に記されている約束を思い出すのです。
よみがえられたイエスさまは、弟子たちにこのことを丁寧に説明してくださいました。
3.「心を開く」主の働き
「そこでイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて」(45節)、お話してくださったのです。
私たち人間の心は、自己防衛に傾き、固く閉ざされ、信じることを警戒します。特に、今の時代は「宗教」への不信感が高まっています。
自分の先入観、常識、損得、いろいろな計算が働いて、真理よりも自分に都合のよいものを選んでしまいます。
弟子たちもまた、復活の知らせをすぐには受け入れることができませんでした。
しかしイエスさまは、その固く閉ざされた弟子たちの心を開き、聖書を悟る真理の光を射し込んでくださいました。
この出来事は、まだ聖霊降臨の前に起こりました。しかし聖霊は、ペンテコステから初めて働き始めたのではありません。
創世記では神の霊が世界の創造に働き、預言者たちにも聖霊が与えられていました。
ヨハネ福音書では、復活されたその日の夕方に、弟子たちの前にお姿を現し、息を吹きかけて「聖霊を受けよ」とおっしゃってくださったとあります。(ヨハネ20:22)
弟子たちの心が開かれたことも、聖霊の導きの中で起こった出来事です。
これは、後に教会全体へ豊かに注がれていく聖霊の働きの始まりであったと言えるでしょう。
4.心の戸をたたいてくださる主
ヨハネの黙示録3章20節には、「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている…」という主の言葉があります。
これは、イエスさまが、人間の固く閉ざした心の戸をノックしておられることを描写しています。
私たちは時に、恐れや悲しみ、また失望や罪の思いによっても、知らず知らずのうちに、心を閉ざしてしまいます。
頑なになり、人の言葉も、神さまの言葉も受け取れなくなることがあります。
しかしイエスさまは、そのような私たちを見捨てず、心の戸をたたき続けていると言われるのです。
イエスさまは、人の心を無理に開かれるのではなく、私たちが呼びかけに応えて心の戸を開くことを待っておられます。
心の戸を開けるかどうか――そこには、神さまの恵みの働きと、自由を与えられた人間の応答の両方があります。
それは、私たちに働きかけてくださる聖霊の導きの中で起こる出来事です。
そして、私たちの心を真理へと導いてくださるのです。
私たちも、聖霊によって心を開かれ、神の真理に導かれる者でありたいと思います。
【黙想・祈り】
主なる神さま。私たちは、目に見えるもの、自分の頭で理解したものだけが真実だと思い込んでいます。どうか、聖霊によって私たちの心を開き、あなたのみ旨を悟らせてください。そして、あなたの愛と真理を深く悟り、喜びと感謝の日々を過ごさせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
長いメッセージをお読みくださり、ありがとうございました。
死んで三日目によみがえられたイエスさまは、40日間の間弟子たちの前に現れ、いろいろなことを教えてくださいました。
弟子たちが語り継いでくれたその体験は、後の人にとったら「ウソみたい」な話だったかもしれません。
けれども、復活なさったイエスさまとの出会いが打ちひしがれていた弟子たちを立ち上がらせ、新たに生きる力となりました。
イエスさまが天に帰っていかれたのは、イスラエルの民のみならず、全世界の人々にも神さまが約束された「聖霊」が送られるためだったと、聖書は教えています。
この聖霊は、全世界に広がっているすべての民族に、神さまのみ心を教えてくださいます。
もし本当に神さまのみ心に耳を傾けるなら……戦争なんて、なくなっていくのかもしれませんね![]()
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「みこころが天に行われるとおり、 地にも行われますように。アーメン。」
(主の祈りの一部)
聖霊の恵みが、地に住む私たちに豊かに注がれますように
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今日は、ブログを開設して6周年になりました。
2020年、コロナ禍が始まって、なかなかお会いできない教会の皆さんにお話しするつもりで始めたブログです。
教会ブログなのに、多くの方に読んでいただけて、心から感謝しています。
何をしても三日坊主の私ですが、神さまにお尻をたたかれて?毎日続けることができました。
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さて、去年の5周年ブログを見返してみたのですが…
懐かし~い、「恐竜の卵」を孵化させたときのことを書いていました。
恥ずかしながら……私は、恐竜が卵から生まれるって知らなかったのです。
てっきり、哺乳類の仲間かと![]()
それから、恐竜の卵に魅せられて……
妄想が膨らんで……
ついに、去年の8月から、恐竜の卵から生まれた子どもの話をファンタジーにして綴り始めました。
こっそり、自分の趣味として書いています。
はるか昔に滅びてしまったと思われている恐竜ですが、もし恐竜の卵がそのまま生き残っていたら?
氷山の中で凍結されていた卵から生まれた、「恐竜の赤ちゃん」が成長していく物語です。
滅びてしまったと思われていた恐竜が、今この時代で生きている。
生き残った「卵から生まれたこの子」は、たとえ、どんな困難があっても生きる力が与えられている、そんなことを妄想しているのです。
そして、私たちも、不安なこの世界で、神さまの大きな力に守られて夢と希望をもって生きていきたいなあと思っています![]()
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「聖なる父よ、…あなたからいただいた御名によって彼らを守り、また保護してまいりました。
彼らのうち、だれも滅びず、ただ滅びの子だけが滅びました。それは聖書が成就するためでした。
これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らのうちに満ちあふれるためであります。」(ヨハネによる福音書17:12.13)
これからも、恐竜の卵から生まれた不思議な子、ジョイともどもよろしくお願いいたします。
よろしければ、覗いてみてください。「ゆめ」という名前は、思いつきのペンネームです![]()
わたしたちの教会の週報に掲載しているコラム「からし種」です。
イエス・キリストが知らせてくださった「からし種のような小さな神の国」を、日々の生活の中で見つけた驚きと喜びを綴っています。
2026.5.10の週報コラム
讃美歌461番「主われを愛す」の3節は、「み国の門を開きてわれを招きたまえり、勇みて昇らん」と歌う。
イエスさまは弟子たちの目の前で天に昇られたという(昇天)。
しかし、人は自らの力で天に昇ることはできない。神が、救い主と結ばれた魂を天へ招いてくださるのである。
だから、人が地上の生を終えて天に移されることを「召天」という。
「召天」と「昇天」は似ているようだが、意味が異なる。
「勇みて昇らん」は、原詩では「come in(中へお入り)」という意味だそうだ。
せっかく神の国が備えられているのに、死後の世界を信じることが難しい人もいる。
「勇みて昇らん」とは、神の国を信じ、その招きを喜んで受け取り、主とともに歩むことではないだろうか。
イエスさまの昇天は、私たちをも神の国へ招き入れるためであった。
私たちも、「勇みて昇ろう」。
今週の木曜日、14日は、復活されたイエスさまが天に帰られた「昇天日」です。
弟子たちはイエスさまの昇天を見届けたと聖書は記しています。
讃美歌461番
主われを愛す
3番 日本語訳
み国の門(かど)を
開きてわれを
招きたまえり
勇みて昇らん
わが主イエス
わが主イエス
わが主イエス われを愛す
原詩では、
「天の門を開き、小さな子どもである私を中へ入れてくださる」
と歌われています。
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天は、あの月よりもずっと高いところにあります。
「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ。」(ルカによる福音書17:21)
死の恐れと悲しみを、イエスさまが取り除いてくださいますように![]()
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notoにも同じ記事を載せています。どうそ、遊びにいらしてください♪














































