毎週水曜日は、日曜日の「主日礼拝」のメッセージをお届けしています。
今、礼拝では「出エジプト記」を読んでいます。
今週は、「十戒」を授けられる前に、神さまが改めてご自身のことを紹介された言葉を思い巡らしました。
2025年度の
年間テーマ
「お言葉どおりこの身になりますように
~われ弱くとも恐れはあらじ~」
年間聖句
「恐れるな…神には、
何でもできないことはありません。」
(ルカによる福音書1章30.37節)
2月1日 の礼拝メッセージ
「神さまの自己紹介」
聖書 出エジプト記20章1~3節
1 神はこのすべての言葉を語って言われた。
2 「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から 導き出した者である。
3 あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
1.神は、まず名を名乗られる
今日の聖書箇所は、「十戒」を授かる前に語られた序文です。
神さまが、どのような思いで民に「十戒」を授けられたのかを思い巡らしてみたいと思います。
「十戒」と聞くと、私たちはどうしても「してはならないことが並んでいる、厳しい教え」という印象を持ちがちです。
しかし、聖書をよく見ると、十戒は命令から始まっていません。
最初に語られているのは、神さまご自身の自己紹介です。
神さまは、命令する前に、「わたしこそ、あなたと関係を結ぶ者だ」と示されました。
それは、民を「宝の民」「聖なる神の民」とするための、神さまの愛の呼びかけでした。
2.「あなたの神」と呼んでくださる神
神さまは続いて、こう言われます。
「わたしは、あなたの神である」。
「民族の神」「父祖の神」というだけではなく、「あなたの神」―「ひとり一人のあなたの神」だと言われるのです。
神さまは、人を一括りにする方ではありません。一人ひとりと向き合い、関係を結ぼうとされるお方です。
遠い存在の神ではなく、身近にいてくださる「あなたの神だ」と呼びかけてくださる神さま。
この神さまを信頼し、委ねて生きること―それが、聖書の語る「信仰」です。
3.言葉だけでなく、行動で示された愛
神さまはさらに、ご自分をこう紹介されます。
「わたしは…、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。」
「導き出した」という動詞は、実際に「引き出す」「連れ出す」という、具体的な行動を表します。
神の愛は、ただの言葉、理屈や理念ではありません。
苦しみの中で叫ぶ声を聞き、現実の歴史の中で、民を奴隷の家から連れ出された愛です。
「奴隷の家」とは、文字通りの奴隷としてこき使われているということだけではなく、誰かの支配下で心身の自由を奪われ、恐れと強制の力に抗えずに生きている場所のことです。
神さまは、私たちをも、そのような力の支配から連れ出し、自由の世界に導き出してくださるのです。
4.「ほかの神をもってはならない」という愛
この流れの中で、3節が語られます。
「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。」
十戒の、最初の戒め―第一戒です。この言葉は、私たちを縛るための禁止命令ではありません。
神さまは、十戒を与える前に、まずご自分が人々に近づき、解放する神であることをはっきりと示されました。
神さまは、強いみ手をもって、ご自分の民を奴隷の家から導き出し、ご自分の「宝の民」と呼んでくださいました。
そして、ご自分の民を「聖なる民」としてくださるのです。
ですから、ご自分の愛する大切な民に目先だけの安心を与え、自分のとりこにして意のままにしようと目論む力に心を動かされることを戒めるのです。
「わたしのほかに、なにものをも神としてはならない」という言葉は、実は私たちの自由を守るための、大切な神さまの愛の戒めです。
この「ほかの神」については、来週もう少し詳しく見て行こうと思います。
私たちの神、主に栄光がありますように。 このひと月も、主の愛の光の中で過ごすことができますように。
【黙想・祈り】
恵み深い父なる神さま。私たちは、あなたのたった一つの戒めさえも守れなかった、アダムとエバの弱さを引き継いでいます。
それにもかかわらず、あなたは、私たちの神であるとおっしゃってくださいました。
どうか、あなたがお造りになられたすべての民が、あなたの教えに心を向け、あなたの愛とまことを知り、束縛から解き放たれ、あなたの賜る自由と平安と喜びに満ちた歩みができますようにお守りください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
長いメッセージをお読みくださり、ありがとございました。
旧約聖書は、「ヘブライ語」で書かれています。今は、すばらしい翻訳の日本語で聖書が読めますが、原語の深い意味を訳出するのは大変だったと思います。
ネットの力を借りて、ヘブライ語の単語の一つ一つの意味をかみしめながら読むと、神さまがいかに私たちのことを思ってくださっているのか、心に染みました。
神さまの名前に、神さまの愛と慈しみと力が込められていることを、改めて思いました。
この「主」を、私たちがよく知っている「イエス・キリスト」という名前で呼べることに改めて感謝しました


(神さまの名前が難しくて呼べなかったら、困ちゃいますね…
)
今日は立春。
新たな気持ちで
歩むことができますように


noteにもメッセージの簡易版を載せています