からし種と空の鳥

からし種と空の鳥

日本キリスト教団 
西宮聖光教会のブログです。
兵庫県西宮市にある小さな教会です。

どうぞ、休憩していってください。小さな教会の小さな牧師が書いています☕💕

今日は、今週の日曜日の礼拝メッセージをお届けいたします。

 

今週は「クリスマス礼拝」でした。

 

救い主の誕生の知らせを最初に聞いたのは、社会の中で目立つ人たちではなく、夜の野原で羊の番をしていた羊飼いたちでした。
 

彼らの小さな一歩から、世界に広がっていった喜びの物語に、耳を傾けました。

 

 

 

 

2025年度の

年間テーマ

 

お言葉どおりこの身になりますようにす

~われ弱くとも恐れはあらじ~」

 

年間聖句

「恐れるな…神には、

何でもできないことはありません。」

(ルカによる福音書1章30.37節)

 

 

 

 

12月21日 の礼拝
クリスマス礼拝
「さあ、確かめに行こう
― あなたのための喜びの知らせ ― 」
 
聖書 ルカによる福音書1章26~
2章20節
(一部のみ載せます)
 

 天使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ 行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、語り合 った。

 

そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子 を捜しあてた。 

 

羊飼たちは、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝え た。 

 

そして、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったの で、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。(2:15~20)

 

 

 

クリスマスベル

 

救い主誕生の知らせは、まず羊飼いたちに知らされました。

 

「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょう、ダビデの町にあなたがたのために救い主がお生まれになった。」(2:10.11)

 

 彼らは羊の世話に追われ、安息日を守ることも、祭りのたびにエルサレム神 殿へ行くこともできず、ユダヤの人々に伝えられてきた神の教えを守ること が難しい生活をしていました。

 

そのため当時の社会では、「神の救いから遠 いところにいる人々」と見なされていました。 

 

 

クリスマスベル

 

羊は羊飼いにとって大切な財産です。羊は自分で身を守ることができず、夜 の野原には狼や獣の危険があります。

 

羊を置いてその場を離れることは、彼 らにとって大きな決断でした。

 

 それでも羊飼いたちは、大切な羊を残して、「さあ、ベツレヘムへ行こう」 と語り合い、救い主のもとへ向かいました。

 

 

 彼らは準備を整えてから出かけたのではありません。危険があることを承知 しながらも、 「神さまが知らせてくださった出来事を見に行く」ことを選んだのです。 

 

 

クリスマスベル

 

そして彼らは、飼葉おけに眠る幼子を捜し当てました。救い主は、天使が告 げたとおり、 布にくるまれ、家畜小屋の飼葉おけの中に寝かされていました。 

 

羊飼いたちは、天使が告げた「大きな喜び」――「今日、あなたがたのため に救い主がお生まれになった」という言葉を思い起こし、その出来事をそこにいた人々 に伝えました。

 

そして 彼らは、神をあがめ、賛美しながら、再び羊の待つ場所へ帰って行ったので す。 

 

 

クリスマスベル

 

やがて救い主は成長されました。イエスさまは、自分では会いに来ることの できない人々のところへ、ご自身から近づいて行かれました。

 

そして、出会 った一人ひとりを「闇から光」の中へと引き出してくださいました。

 

 二千年前、この喜びの知らせは、まず羊飼いたちに伝えられ、羊飼いたちが  語った言葉を信じた人から人へ、さらに全世界の人々へと伝えられてきまし た。 

 

その喜びの知らせは、今、この場所にも届けられています。

 

私たちも、大きな喜びに満たさ れますように。 今日、世界中のすべての人が、救い主イエス・キリストと出会うことができ ますように。 

 

 

【祈り】 恵み深い神さま。社会の片隅に生きていた羊飼いたちに、救い主誕生の知ら せを真っ先に届けてくださったあなたを、心から賛美いたします。

 

 危険を知りながらも歩み出した羊飼いたちのように、私 たちも恐れにとらわれることなく、あなたが示してくださる光を見に行く者 とならせてください。

 

 救い主イエスさまが、暗やみの中にいる者たち を光へと導き出してくださる恵みを感謝いたします。 この喜びの知らせが、光の子とされた私たちを通して周りの方々へ、そして 世界へと広がっていきますように。 主イエス・キリストのお名前によって、祈ります。 アーメン。

 

 クリスマスツリー

 

長いメッセージをお読みくださり、ありがとうございました。

 

クリスマス礼拝は、降誕物語を読みながら、二千年前にタイムスリップするような思いで捧げました。

 

天使役をお願いしていた方が、雨のため来られなくなりました。お体がご不自由な方です。

 

すると、ある方が「代わり」を申し出てくださいました。人前で話すことが苦手な方です。

 

そのことが、とてもうれしかったです。私たちの心に、喜びが溢れました。

 

 

今日は、クリスマスイブのコンサートです。また、雨降りです。

 

でも、神さまが「大きな喜び」をお与えくださると信じています。

 

 

救い主イエスさまのお誕生、おめでとうございますオーナメントお祝いキラキラルンルン

 

 

 

キリスト降誕の場面の置物

 

すべての方のところに、

救い主が来てくださいますように!

ハート立ち上がるクリスマスツリールンルン

 

 

クリスマスツリーnotoにも簡潔版のメッセージを載せています。

 

 

迷子を見つけました。

 

お風呂場の入り口の扉の隙間にじっとしていました…凝視

 

なんでこんなところに?

 

丸い茶色い薬
 
まるっこい、お薬です。
 
ころころ転がることはありますが、ちゃんと拾って飲んでいたはずです。
 
 
自分でも訳が分かりません…
 
チョコレートの雪だるまと丸薬
 
いつから、そんなところにいたんだろう?
 
まさか、ひとりで冒険に出かけた訳ではあるまいに…
 
「ころころお薬の冒険」とか くまクッキー はてなマーク
 
 
生きていると、いろいろと不思議なことが起こります。
 
自分の記憶にないことは、「誰かのせい」にしたくなるのですが…
 
 
一人暮らしになって6年…
 
人のせいにできない、不思議なことがよくあります。
 
 
バイキンマンがいたずらしたのか?と疑ってみるのですが、
 
だれも、そんなことするわけありません。
 
 
アドベントカレンダーのキリスト降誕の絵
 
 
見つかったお薬は、いつのかわからないので飲むのをやめました。
 
かといって、捨ててしまってはかわいそう…
 
それで、アドベントカレンダーの空いたお部屋にしまってあげました。
 
 
アドベントカレンダーの薬と街並み
 
 
転がって行ったのに気づきもせず、そのままにしていてかわいそうなことをしたなあと思いました。
 
「あなたがたのうちに。百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないだろうか。」(ルカによる福音書15:4)
 
 
これが、人間でなくてよかったなあと思いました。いや、かわいがっている猫やわんこでも…
 
もし、迷子になっても、イエスさまならきっと捜し出してくださると思いました ハート うさぎのぬいぐるみ ラブラブ
 
 
お薬とクリスマスツリーのチョコレート
 
朝のお薬は3つ。ちゃんと確認して飲むようにします ゲラゲラ
 
年末の忙しい時に、しょーもない話ですみません。今日も一日頑張りましょう!
昨日は、教会では『クリスマス礼拝』でした。
 
ひと足早く、“メリー・クリスマス♪”
 
楽しく、うれしい礼拝でした。(水曜日にメッセージをお届けします。)
 
クリスマス靴下、うさぎとメリークリスマス
 
でも、『クリスマス』は、来年の1月最初の日曜日(公現日/エピファニー)まで続きます。
 
イエスさまの御降誕を思いつつ新年を迎え、そして新しい日々を歩んでいきます。
 
水仙の葉と球根、冬至の訪れ

 

今日は「冬至」。一年で、いちばん昼の時間が短い日です。

 

けれども、今日を境にして、日脚は少しずつ伸びていきます。

 

冬至は「一陽来復(いちようらいふく)」とも呼ばれます。
 

これは、中国の古典『易経(えききょう)』に由来する言葉だそうです。

 

冬至のころは、陰が極まり――寒さや暗さが最も深くなったその底から、最初の「陽」が生まれる。

 

つまり、「希望は、最も暗いところから始まる」という意味なのだそうです。

 

まさに、冬至は「一陽来復」。

 

闇から光へ。
絶望から希望へ。

 

そんな方向へ、心を向け直す日なのだなあと、あらためて思いました。

 

 
天使のイラストとメリークリスマス
 
 
「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。
暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。」
(イザヤ書9:2)
 
 
昨日の礼拝で、「世の光」として来られた救い主イエスさまをお迎えしました。
 

これから寒さはいよいよ厳しくなりますが、

 

その先に必ず訪れる、明るく暖かい日々を楽しみにしながら、歩んでいきたいと思いますハートうさぎのぬいぐるみキラキラ

 

 
 
冬至、雲間からの光、希望へ
 
 
今朝はまだ日が昇りませんが、
雲の向こうで光が照り輝いているのですよね!
立ち上がる オーナメント
 
 
 
十字架と雲
 

 

 

 

 

 

教会のクリスマスを迎えた。

 

クリスマスは、キリストの降誕を「記念する日」であり、イエスさまの正確な誕生日ではない。

 

たとえ分かっていたとしても、二千年以上も前に、ユダヤの地で生まれた「ごく普通」の夫婦の子どもの誕生日が記録されていることはなかっただろう。当時の王の誕生日ですら、分からないものが多いのだから。

 

しかし、その年についてはいくつかの手がかりが語り伝えられている。

 

ヘロデ王の時代であったこと、初めての人口調査が行われた年であったこと、そして、輝く星が現れたという出来事である。

 

星が澄んだ夜空に輝く季節、人々は寒い空を見上げる余裕もなく、日々の暮らしに追われていた。

 

そんな時に、救い主は来られたという。まさに、今の時代のようである。

 

 星空クリスマスツリー星空

 

今日は、日本の多くのプロテスタント教会で「クリスマス礼拝」がささげられます。


クリスマスは本来、12月25日(正確には24日の夜から)ですが、日本では祝日ではないため、前倒しして主日礼拝で祝うことがほとんどです。

 

もう何度もブログに書いてきましたが、やはり少し“ヘンな感じ”がするのは否めません。


それは、私たちがイエスさまの「誕生日」にこだわってしまうからなのでしょう。

 

誕生日は確かに特別な日ですし、日付そのものに意味を見いだすこともあります。


けれども、クリスマスが、あえて一年でいちばん忙しい時期――西暦の年替わりの季節に置かれていることには、深い意味があるように思います。

 

 
 
教会のクリスマスリースがかかったドア
 

「初めに言(ことば)があった。言は神であった。この言に命があった。そして、この命は人の光であった。

 

すべての人を照らすまことの光があって、世に来た。…

 

世は彼を知らずにいた。」(ヨハネによる福音書1:1~4、9、10[一部])

 
 
慌ただしさのただ中でこそ、立ち止まり、静かに「いのちの主」であるイエスさまをお迎えしたいと思います ハート うさぎのぬいぐるみ ラブラブ
 
教会に十字架とイルミネーション
 

礼拝は午前11時からです。

いのちの光のもとに、

一人でも多くの方が来てくださいますようにクリスマスツリーキラキラ

 

 

クリスマスベルnotoにも同じ内容を投稿しています

 

 

 

今年もあとわずかとなり、クリスマスが近づいてきました。
 

なんとなく気ぜわしい日々を過ごしていますが、昨日は老人会の日帰りバス旅行に出かけてきました。

 

行き先は、ほぼ地元の猪名川町にある「静思館」と、宝塚市の「清荒神」です。
 

地元でありながら、どちらも初めて訪れる場所でした。

 
 
晴れた日の里山風景と青空
 

バスで1時間ほど走ると、のどかな里山の風景が広がります。
 

高層ビルのない空は広く、見ているだけで心がほっとしました。

 

雲ひとつない青空に、飛行機が一本の線を描いて飛んでいきました。

 

飛行機雲が描く青空
 
 
猪名川町のキャラクター「いなぼう」が、「いらっしゃい♪」と出迎えてくれました ニコニコ
 
いなぼう像:稲川町マスコットキャラクター
 
 
まずは、「道の駅」でお買い物です。このツアーには、必ず「道の駅でお買い物」が組まれています。
 
地元の野菜や野菜苗(豆の苗)、それにお餅や、なぜか、おいしそうなアップルパイも買いました ニコニコ
 
 
手作り木工品:サンタ、猫、犬のキーホルダー

こんなものも売っていましたルンルン
どんぐりは拾った
自分へのお土産です。

 
 
それから、お昼は日本料理店で。老人用の?適量のコースです。(ごはんのお替りができました ウシシ
 
日本料理の朝食膳 魚と卵焼き
 
80代の方が多いのですが、皆さんお元気です。
 
「老人会」のイメージが変わりました ゲラゲラ
 
ごま団子とお茶
 
 

次に訪れたのは「静思館」。
 

昭和初期に、美術商・富田家が江戸時代の豪商屋敷を模して建てた邸宅です。

 

海外との交流も盛んだった当主が、国内外から良材を集め、三年の歳月をかけて贅を尽くして建てられたそうです。

 
 
猪名川町立静思館の看板
 
 

静かな佇まいの中を、しずしずと見学しました。

 

 
静思館の石像と庭園と日本家屋

 

畳の上に置かれたゴブラン織りの籐椅子。

 

古民家風の広間、囲炉裏と座椅子
 

すべて和室の造りです。昔の人は膝が悪くなったらどうしていたのだろう…


 
静思館の庭園の景色
 
 
台所を見ながら、今はスイッチ一つでご飯が炊けることを思い、時代の進歩に感謝しました。
 
古いかまどと蒸し器、炊事場
 
 
 

静思館を後にして、次は「清荒神」へ。

 

正式には「清荒神清澄寺」というお寺で、平安時代、宇田天皇の勅願によって創建されたそうです。

 

参道を、皆さんと、どんぐりを拾いながら歩きました 歩く ルンルン
 
 
清荒神参道、高齢者グループと女性
 
ほ~お!
 
「幸運の扉」が開かれるそうです お祝い
 
おみくじがたくさん並ぶ幸運の扉
 
 
「清荒神」は、神仏習合の信仰のもとで「荒神さん」の愛称で親しまれ、関西では「火の神様・台所の神様」として、家内安全や商売繁盛などを願う人々に今も大切にされている場所です。
 
青空に飛行機雲と針葉樹
 
 

「現世の幸せ」を願う気持ちは、誰もが持っています。
 

みんな、穏やかに、健康で、平和に生きたいのですものね。

 

私も、天の神さまが守ってくださるようにと、そっとお祈りしてきました。

 
清荒神の参道、松や木々の風景
 
 
帰りの夕陽がきれいでした。日が沈んだ後…木々のシルエットもきれいでした。
 
楽しい一日を過ごせたことに感謝しました。
 

 

 
夕焼け空と木々のシルエット
 
 
間もなくクリスマスです。
 
今を生きる幸せを願う私たちの歩みも、またその先にある命と希望も、ともに照らしてくださる救い主イエスさまが来てくださったことを、あらためて思いました ハート うさぎのぬいぐるみ キラキラ
 
 
「これはわたしたちの神のあわれみふかい御心による。
そのあわれみによって、日の光が上からわたしたちに臨み、
暗黒と死の陰とに住む者を照らし、
わたしたちの足を平和へ導くであろう。」
(ルカによる福音書1:78.79)
 
 
どんぐりとドングリの帽子
 
 
明日はいよいよ「クリスマス礼拝」です。
お近くの方は、どうぞお越しください。
一緒に、救い主イエスさまのご降誕を
お祝いいたしましょう。
 
 
クリスマスツリー12月21日(日)の礼拝
午前11時~12時
クリスマス礼拝
 
聖書: イザヤ書25:8.9/
ルカによる福音書2:1~20
 
メッセージ:
「あなたのための喜びの知らせ
—さあ、確かめに行こう―」
 
 

 

昨日のチョコレートの話に続いて、今日も私の好きな食べ物の話で恐縮なのですが…

 

若い頃、パン屋さんになりたいと思ったことがありました。

 

町のパン屋さんに、見習いに行ったこともあります。


福島県○○町の「三味(さんみ)さん」というパン屋さんでした。

 

朝早く伺うと、すでに仕込まれていた生地の成形をさせてもらい、クリームパンに入れるカスタードクリームの作り方も教えてもらいました。

 

楽しかったなあ……。

 

でも、パン屋さんの粉の袋は20キロ。粉を運ぶだけでも重労働ですし、朝もとても早い。


大きなオーブンや、粉をこねる機械、道具もそろえなければなりません。

 

それで、パン屋さんになる夢は、早々に消えました。

 

でも、今でもパンは大好きです。

 
メロンパン コッペパン 食パン 食パン
 
 
近所に新しいパン屋さんができると、つい一度は覗いてしまいます…
 
パン屋さんのカレーパンとリンゴ
 
こちらは、新大阪駅構内で売っていたパン。
〇〇ヤさんのパンと勘違いして、
△△堂さんのパンを買ってしまいましたが、
カレーパン、おいしかったです。
 
ケーキのようなパン、チョコと粉糖
 
新しくできたパン屋さんで選んだのは、
ケーキみたいなパン。
 
クロワッサンとチーズ、パン屋さんの朝食
 
と、ちびクロワッサン。
 
ケーキみたいなパン
 
と、もうひとつ ほっこり
見た目はレアチーズケーキ。
でも、やっぱりパンでした。
 
 
新しいパン屋さんができたら、「食パン」を買えば、好みのパンやさんかどうかわかります。
 
だけど、ちょっと血迷って…
 
「お菓子パン」ばかり買ってしまいました。
 
反省… よだれ
 
 
ラブラブ メロンパン コッペパン 食パン
 
 
もし、「最後に何が食べたいですか」と聞かれたら…
 
やっぱり、パンかもしれません ニコニコ
 
 
パンは、古今東西の人々の命を養ってきたのだなあと、ふと、そんなことを思いました。
 
 
「わたしは命のパンである。」(ヨハネによる福音書6:48)
 
 
これは、イエスさまのお言葉です ハート うさぎのぬいぐるみ ルンルン
 
1998年クリスマス プレート
 
クリスマスが近いので、
昔ケンタッキーでもらったお皿を使っています。
 
一見、ロイヤルコペンハーゲン風…
トースト2枚が青い皿に盛られている
 
フツーの食パン
毎日食べても
飽きないのが一番! にっこり

 

パン屋の体験談と食パン
 
隠退牧師のSさんから
手づくりパンをいただきました。
もう、プロ級のおいしさです よだれ
 
パン皿の食パン:命のパン
 

 「命のパン」が、

すべての人のところに届きますように食パン

 

タイトルを見て、「あっ、字、違うやん!」と思われたかもしれません。

 

でも、本当に「高値の花」になってしまったのです。

 

…チョコレートがぐすん

 

子どものおやつになるようなチョコレート菓子も、
気がつけば、これまでの倍くらいの値段になっています。

 

7月からか、10月からか、値上がりした食品のひとつだそうですが……

 

コーヒーも、バターも、小麦粉も、牛乳も、卵も、

そして、チョコレートも、こぞって値上がりしています。

 

お米の値上がりほど、生活に直結しないのかもしれませんが…
 

でも、もしこの値上がりが、カカオ農園やサトウキビ農園で働く人たちの収入増につながっているのなら、
「適正価格」として、まだ納得もできるのですが……

 

経済の仕組みはよく分かりませんが、
それでも、やっぱり、悲しいです悲しい

 

 

バレンタインチョコがけハート本命チョコねこクッキー

 

 

子どもの頃、一番うれしいおやつは「チョコレート」でした。

 

今のような高級チョコレートではなくて、明治の「マーブルチョコレート」や、不二家のパラソルチョコレート。

 

それに、チューブに入った「ねりチョコレート」も大好きでした。わざと唇につけて、あとでなめて、余韻を楽しんだりして…ニコニコ

 

チョコレートは、たまにしか買ってもらえなかったので、
親が子どもの手の届かない戸棚に入れていたのも覚えています。

 

姉と協力して、こそっと食べたことも、今では懐かしい思い出です。

 

そんな「おやつのチョコレート」まで、高値の花になってしまうなんて……。

 

 

「もし国に飢饉があるか、もしくは疫病、立ち枯れ…

敵のために攻め囲まれたり、どんな災いがあっても、
手を伸べて祈るならば、あなたは天で聞いてくださる。」(列王記上8章より)

 

 

平和が乱れると、ささやかな楽しみや、小さな夢までもが奪われてしまいます。

 

値上がりが、子どもたちの夢を奪うことがありませんように。

 

 

チョコケーキとドラえもんマグカップ
 
新しくできたパン屋さんのチョコパン ウシシ
 
オレオとキャラクターが描かれた皿
 
オレオ キメてる
 
虎の形をしたビスケットとチョコレート
 
今日のアドベントカレンダーのチョコ一つ ニコニコ
 
 
イエスさま、みんなが笑顔になるような
平和な世界をもたらしてください クリスマスベル
ハート うさぎのぬいぐるみ 本命チョコ
 
 
 
 
 

 

今日は、今週の日曜日の礼拝メッセージをお届けいたします。

 

先が見えない時代、不安や行き詰まりを感じることが多くなりました。

 

聖書が語るクリスマスの物語は、すべてが終わったように見える場所から、神さまが新しい救いを始められることを静かに語っています。そのみ言葉に耳を傾けました。

 

 

 

2025年度の

年間テーマ

 

お言葉どおりこの身になりますようにす

~われ弱くとも恐れはあらじ~」

 

年間聖句

「恐れるな…神には、

何でもできないことはありません。」

(ルカによる福音書1章30.37節)

 

 

 

 

12月14日 の礼拝
降誕節第三主日
「神さまの約束は違(たが)われない
― エッサイの切り株から出る若枝 ― 」
 
聖書 イザヤ書11章1~11節
マタイによる福音書1章1~17節
(1節のみ載せます)
 

「エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、 2 その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知 る知識と主を恐れる霊である。(イザヤ11:1.2)

 

 

 

 1.はじめに― 神さまの約束は、本当に違(たが)われないのか ―

 

私たちは今、不安や行き詰まりを感じやすい時代を生きています。社会の先 行きが見えず、努力しても報われない思いを抱くことがあります。

 

 イザヤ書11章が語られた時代(紀元前8世紀頃)も、希望を語ることが難しい 状況でした。

 

国は裁かれ、王国は衰え、ダビデの家系は、もはや未来を担う存 在には見えませんでした。人々の目には、神さまの約束は途切れてしまったか のように映ったのです。 

 

しかし、そのような現実の中で、イザヤは「エッサイの切り株から若枝が芽 生える」と神さまの言葉を伝えます。

 

 

すべてが終わったと思える場所から、神 さまはなお、新しい救いを始められる――この言葉は、過去の物語ではなく、 今を生きる私たちへの希望の宣言です。

 

 

 2.「切り株」から芽生える希望ーエッサイの家に託された約束

 

切り株とは、かつては大きな木であったものが、切り倒され、もう成長は望めないように見える姿です。

 

ダビデ王朝は、「王権も栄光も切り倒されたダビ デ家の切り株」-人々の目には、すでにそのような状態でした。

 

しかし、神さまはイザヤを通して、「その切り株から若枝が芽生える」と語 られます。

 

これは、王国の力や人間の努力によって回復するという約束ではあ りません。

 

むしろ、すべてが終わったと思えるところから、神さまご自身が新 しい救いを始められる、という宣言です。 

 

ここで大切なのは、希望の根拠が人間側にはない、ということです。状況が 改善したから芽が出るのではありません。

 

切り倒されたままの切り株の中に、 神さまがすでに備えておられた命が、時を得て現れるのです。

 

神さまの約束は、 人の目に見える可能性が尽きたところでも、決して失われません。

 

 

 3.罪と滅びを超えて保たれた系図― ダビデの家系と「残りの者」 ―

 

「エッサイはダビデ王の父であった。ダビデはウリヤの妻によるソロモ ンの父であり、…」(マタイ1:6)
 
マタイによる福音書は、イエス・キリストの誕生を、系図から語り始めます。
 
そこには、アブラハムからダビデ、そして捕囚を経て救い主イエスさまの誕生 に至るまでの長い歴史が記されています。
 
この系図は、神の約束がどのように 保たれてきたかを示す信仰の証しです。
 
 しかし、その中心人物の一人であるダビデ王は、殺人と姦淫という重大な罪 を犯しました。
 
その罪は個人の問題にとどまらず、王国全体をゆがめ、やがて 分裂と滅びへとつながっていきます。
 
人間の側から見れば、この時点で約束は 途切れてもおかしくありません。 それでも神さまは、ダビデの家系を見捨てられませんでした。
 
ここに、「残りの者」という視 点があります。すべてが失われたように見える中でも、神さまは信仰の系譜を断ち切らず、救いの歴史を続けてこられたのです。 
 
マタイの系図は、人間の失敗を隠しません。その上で、「それでも神の約束 は続いてきた」という事実を、静かに、しかし確かに語っています。
 

 

 4.切り株から出る若枝として来られた救い主― 私たちの希望であるキリスト

 

イザヤが描く救い主の姿は、当時の人々が期待したような、力強く即座に状 況を変える王ではありませんでした。

 

切り倒された切り株から、静かに伸びて くる若枝のように、目立たない始まりです。

 

イエス・キリストの誕生もまた、そのような形でした。小さな町ベツレヘム で、貧しい状況の中に生まれ、すぐに世の中心に立ったわけではありません。 

 

神さまの働きは、静かに始まり、確実に実を結んでいくのです。 

 

私たち自身も、また教会も、ときに自分を「切り株」のように感じることが あります。力を失い、もう希望はないと思ってしまうときです。

 

しかし、神さ まの約束は、そのような場所でこそ生きています。人の目には終わったように 見えるところから、神さまは新しい命を芽生えさせてくださいます。

 

 アドベントのこの時、私たちはこの若枝として来られた救い主を待ち望みま す。

 

「教会の枯れたように見えたぶどうの木」-まさにこのことを思わせる「し るし」でした。神さまの確かな約束に信頼して、これからどんなことがあって も希望をもって歩んでいきたいと思います。

 

 
【黙想・祈り】

恵み深い神さま。あなたは、切り倒されたように見える現実の中でも、決して 救いの約束をお忘れにならないお方です。罪と過ちを超えて、ダビデの家系を 通して救い主を与えてくださったあなたの恵みを、今、改めて感謝いたします。 どうか、私たち一人ひとりの歩みの中にも、切り株から生え出る「若枝」のよ うな救いのしるしを見出すことができますように。 待降節のこの時、救い主イエスさまを希望と信仰をもって待ち望ませてくださ い。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

 

 

 

 クリスマスツリー

 

長いメッセージをお読みくださり、ありがとうございました。

 

「教会の枯れたように見えたぶどうの木」ーなんのことかと、思われたかもしれません。

 

教会の庭に1本だけ植えてあったぶどうの木が枯れてしまったので、春に全部枝を切ったのでした。

 

1本だけ、小さな芽らしいものがあったので、それだけ残しました。

 

そしたら、初夏には芽を伸ばし、葉が茂り、実までも結んでくれたのです。

 

秋には葉っぱが紅葉して、今もまだ落ちずに目を楽しませてくれています。

 

神さまは小さな教会に目を留めて、至らない、罪も多い者たちを見捨てずにいてくださることを思い、感謝しています。

 

イエスさまがもたらしてくださった「いのちと希望と平和」を、大切にしていきたいと思いますハートうさぎのぬいぐるみラブラブ

 

 

 

ぶどうの葉と教会の看板

 

元気によみがえったぶどうの葉っぱと

ひょこっと顔を出した朝顔。

寝ぼけていたのかな?ニコニコ

 

 
 

イエスの誕生、希望の芽生え、祭壇のろうそく

 
来週、4本目のロウソクが灯ると
クリスマスです 立ち上がる キラキラ スター

 

 

クリスマスツリーnotoにも簡略版の記事を載せています。

 

クリスマスまでもうじきです。

 

 

アドベントカレンダーのチョコレートをひとつずつ食べながら、クリスマスを待っています。

 
 
アドベントカレンダーのビスケットとチョコレート
 
 
ビスケットは、ウクライナ製のビスケットです。
 
クリスマスには戦争が終わっているといいなあと願って、ビスケットも1枚ずつ食べています。
 
 
でも…ビスケットは、なんかやめられない味で…
 
 
 

アドベントカレンダーとクリスマスビスケット

 
 

3枚、4枚と食べちゃうのですキラキラ

 

それに、忙しい日にチョコレートを食べ忘れてしまって…

 

次の日に2個食べたりとか…

 

なんか、われながらテキトーな性格だなあと思いますニコニコ

 
 
 
夕日と建物
 
日の出が、建物の影で屋上の端ギリギリまでいかないと見えません。
 
でも、朝日が昇りました キラキラ
 
夕陽に輝く教会の十字架
 
十字架も輝いていました!
 
 
昨日伺った、お友だちのカトリック〇〇教会。
 
イエスさまが、もう誕生しておられました!
 
キリスト降誕の模型とクリスマスの飾り
 

 

「神はこういわれる。『わたしは、恵みの時にあなたの願いを聞き入れ、救いの日にあなたを助けた。』

 

見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの日である。」(コリント人への第二の手紙6:2)

 

 

イエスさまを心にお迎えした日が「クリスマス」なんだ!

 

そう思ったら、喜びがやってきましたハート立ち上がるルンルン

 

 

今日、救いが世界中の多くのところにもたらされますようにクリスマスツリー

間もなくクリスマスです… クリスマスツリー
 
教会では、待降のクリスマス・キャロルを歌い…
 
みんなで、イエスさまのご降誕を待ちわびています…
 
クリスマスツリーとぬいぐるみ
愛餐会のテーブルは、いつも賑やか… ニコニコ
 
     
エビピラフとスープの愛餐会
簡単なものだけど、みんなで食べたらおいしいね~
昨日はピラフとスープでした お茶
 
 
 

それから、月に一度の「短歌教室」のあと——

 

教室に参加されているSさんが、貴重なSPレコードを持ってきてくださいました。

 

レトロ感いっぱいのSPレコード・プレイヤーと、たくさんのSPレコードを、古民家に住むAさんに差し上げるために持ってこられたのです。

 

私は、SPレコードを聴くのは初めてです。

 

 

流れてきたのは、歌の入っていないカラオケ盤でした爆  笑

 

せっかくなので、歌ってみました。
 
お聞き苦しいですが、お付き合いください音符
 

 
 
『青い山脈』は、「 石坂洋二郎原作の日本映画『青い山脈』の主題歌として1949年に発表された曲」だそうです。(Wikipediaによります)
 
 
軽快なメロディーで、なんだか元気の湧いてくる曲です ニコニコ ルンルン
 
 
全部の歌詞は覚えていませんが、なんとなく気になる歌詞があって、調べてみました。
 
   2番》
  古い上衣(うわぎ)よ さようなら
  さみしい夢よ さようなら
  青い山脈 バラ色雲へ
  あこがれの 旅の乙女に鳥も啼く~

 

「古い上衣よ さようなら」という歌詞は、
 

戦後の日本において、軍国主義的な思想や封建的な価値観と決別し、新しい民主主義の時代へ向かう希望を象徴しているのだそうです。

 

焼け跡の中から立ち上がろうとしていた若者たちの、明るい未来への決意と希望が、この歌には込められていたそうです。
 

 

「昭和100年」と言われる今年も、まもなく終わろうとしています。

 

けれども今、どこかで「古い時代」へ後戻りしているように感じることもあります。

 

夕暮れ空に広がる雲と街並み

 

この、聖書の言葉を思い出しました。

 

「あなたがたは、以前の生活に属する、

情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、

心の深みまで新たにされて、

真の義を聖とをそなえた神にかたどって造られた

新しき人を着るべきである。」(エペソ人への手紙4:22~24)

 

 
夕焼け空と三日月、遠くに鳥の群れ
 

「ふ~るい上衣よ さようなら~

さみしい 夢よ さようなら~」

 

 
 
三日月が青空に浮かぶ
 

 

イエスさまの「義の衣」をまとわせていただいて、新しい日々を歩んでいきたいです。

 

待降節のひととき、そんなことを思わされましたハート歩くキラキラ

 
十字架と三日月、空に浮かぶ雲
 

三日月が残っていました
見えますか?