「こむら返りと漢方薬」
「こむら返り」とは脹脛(ふくらはぎ)などの筋肉が突然つるけいれん発作を言います。医学用語としては「有痛性筋けいれん」または「腓(こむら)腹筋けいれん」が該当します。この症状はわりと多くの人が経験していますが、明確な原因はわからないのが現状です。治療としては、漢方薬の「芍薬甘草湯」が良く使用されています。(1)発症の原因医学研究においては、一般に次のようなものが原因として挙げられています。1.筋肉への血流の減少2.筋肉の損傷3.極端な暑さまたは寒さでの運動4.激しい身体活動5.同じ筋肉を酷使する6.ストレッチをしないで運動する7.脊髄の神経の圧迫8.血液中のカルシウム、カリウムまたはナトリウムの欠乏9.脱水状態(2)発症の危険因子また、こむら返りを起こしやすい危険因子としては次のものが考えられています。1.加齢 (リスクは年齢とともに増加)2.アスリート(過度な運動)3.肥満・太りすぎ4.喫煙5.利尿薬など、カリウム濃度の低下を引き起こす薬6.妊娠(3)こむら返りが起き易い人こむら返りの発症に機序はわかっていないことも少なくありませんが、基本的に高齢者と妊婦が多く、この場合は次のケースが考えられています。① ホルモンのバランスが崩れた時② 体液のバランスが崩れた時③ 神経根や動脈血管が圧迫された時④ 筋肉を支配する運動神経の興奮が増してしまう時例えば、妊娠中の女性の約30~40%が夜中に足がつることを経験しています。この原因は、妊娠中では女性ホルモンを中心に電解質やホルモンバランスが崩れやすくなることと、胎児を守るために全体的に体液量が増え、そこから母体の静脈還流不全や胎児の成長による母体のホルモンや栄養バランスが崩れることから、こむら返りが生じるのではないかと考えられています。高齢者は加齢とともに筋肉量が少ないため、血液や体液の循環不全が起こりやすくなるため、こむら返りが起き易いと考えられています。調査結果では、60歳以上の方の33%は少なくとも2か月に1回、足のつりを経験しているというデータがあります。また、健康な若い人でもこむら返りを起こす可能性は十分あります。例えば筋肉を使いすぎて筋疲労を起こすと、筋肉内の体液のバランスが乱れ、運動神経も興奮しやすくなり、発症しやすくなると考えられています。また、普段使わない筋肉を使った時や、寒い時期になるとこむら返りを発症される人は少なくありません。(4)治療方法1.漢方薬による治療こむら返りの第一選択薬は「芍薬甘草湯」です。①芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)この作用機序は、筋肉の神経はCa(カルシウム)イオンをはじめとした電解質によって調節され、Caイオンが過剰に細胞内に流入すると「筋けいれん」として発症しますが、「芍薬」に含まれるペオニフロリンがCa2+イオンの細胞内へ流入を抑制して神経細胞の興奮を抑えます。また「甘草」に含まれるグリチルリチン酸はK+イオンの流出を促進し、筋肉の炎症を抑え、この2つの生薬の作用から、神経筋シナプスのアセチルコリン受容体に作用して筋肉のけいれんを抑制します。芍薬甘草湯はこむら返りに即効性が期待され、個人差はありますが30分以内に十分な効果を発揮し、その持続時間は4~6時間です。なお、「甘草」の量が比較的多いため、長期間の服用は避ける必要があります。副作用として「偽アルドステロン症」を生じ、手足のこわばり、高血圧、むくみ、頭痛を生じる場合がありです。②芍薬甘草湯以外の漢方薬こむら返りの漢方薬は芍薬甘草湯以外にも、四物湯(しもつとう)、柴苓湯(さいれいとう)、疎経活血湯(そけいかっけつとう)などがあります。1)四物湯(しもつとう)四物湯は体力が低下して冷え症で、皮膚がカサカサと乾燥して色つやが悪い人に用いられる漢方薬ですが、主に高齢者に用いて、こむら返りが改善されたという報告があります。2)柴苓湯(さいれいとう)柴苓湯は夏バテや下痢などに用いられる漢方薬で、免疫反応を調整し炎症をやわらげる働きをもちます。さらに、体内の水分循環を改善し、浮腫みを取り除くという作用もあります。体力が中くらいで、口が渇き、尿量が少ない人が対象になりますが、こむら返りの治療で使用した例では、肝硬変の患者さんに効果が得られたとする報告があります。3)疎経活血湯(そけいかっけつとう)疎経活血湯は、冷えている部分を温めたり、部分によって過剰な水分とり除いたりすることで、「関節痛」における痛み・しびれを改善する漢方薬です。体力は中等度の人で、痛みがあり、時にしびれがある人に服用したところ、4例の改善効果があったとする報告もあります。2.その他の治療法①筋肉を和らげる薬(筋弛緩薬)筋弛緩薬(ミオナールⓇやテルネリンⓇ)は、骨格筋の緊張をやわらげ血管を拡張して筋肉の血流を増やすことで、肩こりや頭痛・手足のつっぱりやこわばりなどの症状を改善する薬です。副作用として眠気や脱力感があげられます。②マグネシウム製剤マグネシウムは、多くの酵素を活性化する働きがあり、筋肉の収縮や神経情報の伝達、体温、血圧の調整に役立つミネラルです。こむら返りに対するマグネシウムの評価は主に妊婦の方で検討されていますが、有効性が高いと実証されていません。③キニーネアンデス山脈に自生する植物「キナノキ」に含まれるアルカノイドの1種です。抗マラリア薬としても知られています。但し、この薬は適用外となると思います。④ ビタミンEビタミンEは強い抗酸化作用を持つ脂溶性のビタミンです。体内の脂質の酸化を防ぎます。 また、血圧の低下やLDLコレステロールの減少のほか、動脈硬化や血栓の予防・循環をよくする効果があるので、こむら返りとしての治療薬として模索されています。⑤ カルシウム拮抗薬(血圧降下薬として使用)⑥ カルシウム製剤⑦ マルチビタミン製剤以上の薬やビタミン剤をあげましたが、もこむら返りに有効であるというエビデンスは乏しいのが現状です。2.運動療法①ストレッチ体操 ②マッサージなお、一般的に、「こむら返り」の症状は一過性のものが多いが、頻繁に再発する場合は、糖尿病、腎臓疾患、肝臓疾患、狭心症、心筋梗塞、甲状腺機能低下症、椎間板ヘルニア、下肢静脈瘤、脊柱管狭窄症などの病気が潜んでいる場合があり、必要に応じて検査と治療が実施されます。参考文献1.木村正康, 芍薬甘草湯による骨格筋の弛緩作用, 漢方医学, 2011 ; 35 (2) : 154-155.)2.日東医誌 Kampo Med Vo.66No.3 244-249,20153.日東医誌 1993:43: 539-5444.日東医誌 2011:62: 660-663