(靖国神社崇敬奉賛会)

(萬山天鬼事務所©)
↑ちょしゃきんえい😣

(萬山天鬼事務所©)

前略、我が祖國日本の同胞(はらから)の御賢台さま方に於かれましては如何お過ごしの事で御座いますでせうか?

去る9月15日は日本海軍第六艦隊所属の伊号19潜水艦が米空母ワスプを雷撃撃沈した戦捷記念日でした...

昭和17年9月15日に日本海軍の伊号第19潜水艦がソロモン海域に於いて敵機動部隊の厳重な警戒網を突破して雷撃距離900mまで挺身肉迫して雷撃を敢行しました...
伊19潜は6本の53cm九五式酸素魚雷を発射したのですが1斉射の雷撃で空母ワスプ及び駆逐艦オブライエンの2隻を撃沈して戦艦ノースカロライナにも命中させて損傷を与えました...

今回は伊号19潜水艦の戦い振りを中心にして日本潜水艦隊能く戦えり...と言う感じの事を書いてみます。

大日本帝國の為政者がどのように国民の命を使い捨てにして徴兵された兵士や銃後の国民を殺したのかと言う事を考えると日本国の政権を握る為政者の考え方は今も変わってないような気がするんです…
現在の高市早苗の大政翼賛会的な独裁内閣は近衛文麿のナチス式内閣に凄く似てる気がします...

日本の対米英戦争と言う事に付いて考えますと米国のワルたちがナチスドイツと大日本帝國と言う2つのファシズム国家を甘やかせてドイツと日本に共産主義国の蘇聯邦を叩かせようと画策したところ、蘇聯邦のスターリンの方が1枚上手でドイツにも日本にも中華民国にも政府の中枢内に赤軍GPU のスパイを送り込んでいてドイツには英国を叩くように焚き付けて蒋介石の中華民国には反日を吹き込んで近衛文麿の日本政府には暴支膺懲を吹き込んで支那事変を泥沼化させたあとに米英を叩くように導いたと言う事だったと思うんです...

近衛文麿自身がマルクス主義者のアカだった上に内閣書記官長の風見章が大阪朝日新聞、信濃毎日新聞などの記者上がりのマルクス主義者でしたし、内閣嘱託と言う肩書きでしたけども近衛内閣のブレーンとして政界言論界に重要な地位を占めていた尾崎秀実が蘇聯邦のリヒャルト・ゾルゲのゾルゲ諜報団のメンバーだった訳ですから蘇聯の思惑通りに日本は米英を叩くことに成った訳です…

蘇聯に出し抜かれた形の米国ですけど日本の終戦間近に1本取り返しました...

ルーズベルトはヤルタ会談の時に蘇聯軍が千島列島と北海道を攻めて占領するようにスターリンを唆(そそのか)して輸送船や上陸用の船舶を蘇聯に借与したんです…

終戦後の8月18日に蘇聯軍は千島列島占守島に侵攻して来た訳ですけど樋口季一郎閣下の精強な第五方面軍第91師団、池田戦車隊などの奮戦で蘇聯軍は攻め切れずに停戦と成ったんですけども蘇聯軍の方が戦死者が多かった状態で戦術的には日本軍が勝った戦(いくさ)でした...

日本軍が千島列島で敗けていて北海道まで蘇聯軍が来ていたらトルーマンも北海道の北半分をスターリンに出すしかなかったかも知れないんですけども北方領土だけを蘇聯に差し出して日本人の恨みが米国では無くて終戦後に攻めて来た蘇聯に恨みが向くように上手く事が運んだ訳です…

ルーズベルトは北海道も蘇聯に差し出すと言うような話をしたらしいんですけどもルーズベルトの死後米国大統領に成ったトルーマンが「千島列島だけで我慢しろ」とスターリンに言った為に北海道は蘇聯領に成らなかったと言う事みたいです…

戦後に日本人が米国を恨まないで日本人の恨みが蘇聯に向くように蘇聯を唆した訳ですから汚い裏技の勝負では米国も蘇聯もどっちもどっちで良い勝負をしてる訳です…

麗澤大学のジェイソン・モーガン先生の言葉を借りますとイスラエル・ワシントンと言うそうなんですけど、つまりアメリカ合州国はユダヤ人に牛耳られていると言う事な訳です...

そのイスラエルワシントンと本家エルサレムのイスラエルユダヤのユダヤ人どもがユダヤ系の国際人権団体や各国の左巻き左翼を使って「大東亜戦争中の日本軍は侵略戦争をして虐殺をした悪の軍隊であった」などと言う言われが無い嘘を捏造して日本人の評判を貶す為の誹謗中傷のユダヤプロパガンダ作戦をして来てるんです...

城太郎は反米反ユダヤ主義者ですけど是は是、非は非とする是々非々の考え方でブログを書いてます...

城太郎はユダヤに焚き付けられた日本の反日左翼もユダヤワシントンに操られている拝米右翼の似非保守もどちらも正しくないと思うのでその両方にアンチの立場な訳です...

朝鮮は東京裁判の時には日本同様に裁かれる側でしたから反日国家の大韓民国とか在日(日本在住)の反日朝鮮人の人たちの主張と言うのは話に成らないと言うか問題外だと思うんですけども日本と中国との問題に関しては中国側も通州事件を起こしたり在留邦人を殺したりしてますし日本側も731部隊の事件を起こしてますから国の上層部の罪と責任はどっちもどっちだと思うんですけどもそう言う話とは別にして日本の徴兵された兵士たちの多くは大東亜共栄圏の大義を信じて祖國と亜細亜の為に必死に戦ったと言う事は事実だと城太郎は思うんです...

大日本帝國は亜細亜を植民地にしていた欧米白人列強の米英蘭豪(アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリア)などを相手に戦った訳です…

支那(シナ)と比島(フィリピン)は白人の米国側に付いて日本と敵対しましたけども他の亜細亜の有色人種の国の人たちは日本軍を白人列強の植民地からの解放者と考えて大東亜共栄圏の大義を日本と共有しようとした訳です…

マレー半島上陸作戦をした山下兵團の廣島第五師團の人たちは「同じ亜細亜のバーマ(ビルマ)とインドは撃たんから出て来い」と言って英軍の部隊に徴兵されていたインド人やビルマ人に降服を呼びかけました...
投降したインド人たちは日本軍の側に立ってイギリス軍に対して戦ったんです…

大東亜共栄圏の大義と言う物は本当だったと城太郎は思うんです…

大東亜共栄圏の亜細亜十億共存共栄と言う大義は、つまり日本が亜細亜諸国に対して交わした約束事だった訳ですけども日本が戦争に敗けた為にその約束を実行する事が出来なく成ってしまったと言う事だと城太郎は思うんです...

祖國が無念の敗戦を遂げたあとに当時は仏領インドシナと呼ばれてましたけどもフランスの植民地だった現在のヴィエットナンの人たちの独立運動に身を投じて千人以上の日本軍兵士が日本政府が果たせなかった亜細亜解放の約束を個人の立場で全うして成し遂げようとした訳なんです…

国が果たせなかった約束を全うしてやり遂げてやると考えた人たちも居ましたし広島の出身者で原爆で家族は皆んな死んでるだろうから日本に還っても仕方が無いと考えた人もいれば東北の農家の三男で日本に還っても食べて行けないだろうと考えた人たちも居た訳で動機の面では様々だったみたいですけども多くの旧日本軍将兵がヴィエットナンの独立戦争に挺身して命を捧げた事は動かし難い事実なんです...

それまで植民地にされていた人たちは武器の扱い方を知りませんから士官学校の教官として招かれて後のヴィエットナン軍の将軍たちに成る人たちを現場の小隊長として教育してフランスに対する独立戦争の時には旧日本軍兵士の教官たちも現場の中隊長、大隊長、聯隊長として出陣してかなりの数の日本人が戦死してるんです...

反日のチョソ(Choso)の人たちは日本が亜細亜に侵略戦争をしたと言いたいんでしょうけども日本は対米英戦争よりも前に台湾と朝鮮を併合しましたけど欧米列強に対して戦った大東亜戦争の時には亜細亜を植民地にしていた米英仏蘭豪の白人の軍隊を追い払って亜細亜の國に対してはその國の自治政府を作らせて独立自治を認めて大東亜会議を開いて大東亜共栄圏の衛星国家にした訳で日本は欧米列強のように亜細亜の國を植民地にしてませんから『侵略戦争』と言う言葉は違う気がします。

※チョソ(Choso)と書いてチョン(Chon)とは書いてませんから差別発言でもヘイトスピーチでもありません、セーフです😆

見解は個人の自由ですから日本が亜細亜に対して侵略戦争をしたと言いたい人も居る訳ですけど城太郎的には日本は亜細亜諸国に対しては侵略戦争はしてないと思うんですけど支那事変以来の長期化した戦いを戦った支那(中華民国)に対しては731部隊の事件を起こしたり無差別爆撃を行なった事は事実だと思いますからそれらの事案に対する日本への批難は正当だと思う立場です…

日本と中国の話をしますと支那事変の時に日本軍は中国の都市に対して無差別爆撃を行なってるんです…

大日本帝國陸海軍航空隊が蒋介石の中国国民党政府の首都重慶に対して無差別爆撃を行なってるんです...

1937年4月26日に行なわれたドイツ空軍に拠るスペイン北部の都市ゲルニカに対する爆撃が史上初めての都市に対する無差別爆撃な訳ですけども日本軍の重慶無差別爆撃は1938年12月ですから米軍の東京大空襲よりも前に日本軍は敵国の都市に対する無差別爆撃を行なっているんです…

無差別爆撃と言うのは敵国民の戦意を喪失させる為に軍事目標以外の1般市民の居住地域を目標にして非戦闘員の民間人を殺戮する爆撃の事です...

規模は全然違いますけども日本に対する米軍の無差別爆撃と同じ事を日本は中国に対して行なった訳です…
重慶無差別爆撃はエビデンスもありますから事実です...

『南京虐殺』はエビデンスがありませんし日本軍が南京に入城した時に欧米の新聞社の特派員記者たちは何もそのような事を新聞記事に書いてなくて戦後かなり経ってから出て来た話なのでたぶん捏造だと思うんですけども重慶爆撃と731部隊の事件はエビデンスがありますから事実だった訳です…

本物の『南京事件』と言うのは昭和2年(1927年)3月24日に蒋介石の国民政府の北伐軍が南京に入った時に暴徒と成って外国領事館や外資系の工場や外人住宅を襲って掠奪暴行の限りを尽くした事件の事です…

三菱財閥系の幣原喜重郎外務大臣に拠る幣原外交は現地非介入無抵抗主義を命令した為に中国兵が日本領事館に押しかけて来て掠奪暴行をほしいままにした時に日本領事館員も日本軍人も全く無抵抗だったと言う事が佐々木到一中将の『ある軍人の自伝(勁草書房)』に書いてあるそうです...

森岡正平領事は病の床にあり病臥中の夫を庇う夫人を夫の前で裸体にして中国の獣兵が27人で輪姦したり三十数名の婦女子は少女に至るまで全員が強姦されて凌辱されたと言う事件ですけども幣原外交は財閥の商売の事を考えたのか平和主義なのか判らないんですけど日本領事館に派遣されていた日本海軍の荒木大尉は無抵抗を言い渡されていた為に同胞の婦女子を護る事も出来ず自身も暴行を受けて釈放された後に重巡利根の艦長室で割腹自殺しました...

中国人の保安部隊に拠る日本人居留民虐殺事件の通州事件もエビデンスがありますから事実です...

お大韓民国さまの場合は全てがたぶん捏造でエビデンスが無いのに嘘を言いまくると言う国民性の人たちだから問題外な訳ですけども731部隊の起こした事件は事実だった訳です…

無差別爆撃に付いては日本も中国に対して無差別爆撃を行なってますから米軍の日本に対する無差別爆撃だけを非難するのはおかしいと思うんです...

城太郎は反米主義者ですけども東京大空襲などの米国の無差別爆撃だけを非難するのはおかしいと思うんです...
日本も中国(中華民国)に対して無差別爆撃を行なってるんです。
※日本が支那事変以来戦っていた『中国』と言う国は蒋介石政権の中華民国の事です…
『中華人民共和国』は未だ存在してません...

つまり城太郎の立場は日本が全て悪かったと言うような火病の反日左翼の人たちの意見にも賛成しないですし日本が全て正しいと言うような極右民族主義者の人たちの意見にも同意しないと言う事なんです...

Ultraderechaの極右民族主義者の人たちもRadical izquierdoの極左(急進左派)の人たちもファナティックで論理的では無い人たちなので話が合わないんです…
※Ultraderecha(ウルトラデレーチャ)は極右の意味のスペイン語の言葉です。
※Radical izquierdo(ラディカル・イスキエルド)は極左とか急進左派の意味のスペイン語の単語です。

見解が違う人と不毛の論争をするのは時間の無駄ですから金権バカ右翼とかネトウヨ極右の人たちや反日極左の火病の人たちからのコメントはお断りします。
※当ブログは反日団体の統一教会さまの関係者の『その筋の人たち』の閲覧をお断りしてます。

政府レベルでの問題とか政治信条の話は別にして水上艦艇と違って過酷な状況の潜水艦の乗組員の人たちが黙々と戦って死んで行った事に対して「日本潜水艦隊能く戦えり」と城太郎は思うんです...

ブログ、本編入ります!

(FORO TV, MÉXICO)
「本編に入るそうです」

(朝日ソノラマ出版社)
↑伊号17潜水艦は米国カリフォルニア州のサンタ・バーバラ海峡で敵前浮上してサンタ・バーバラのエルウッド石油製油所に対する砲撃を敢行しました…

伊号17潜水艦乗組員だった原源次さんが戦後にお書きに成りました『伊17潜奮戦記』を読みまして城太郎はそれまで知らなかった潜水艦乗組員の人たちの過酷な状況と言う物が判ったんです…

戦艦や巡洋艦などの水上艦艇の乗組員の場合は乗艦が撃沈されるまでは食事なども良い物が出されて入浴なども出来た訳ですけど潜水艦の場合はスペースが狭い事や貴重な電力を浪費しない為に電気冷蔵庫を出港直後に生鮮食糧品を保存する為に使った訳ですけども生鮮食糧品が終わったあとは缶詰の食糧だけに成ると言う食事の面での苦労や真水を節約する為に入浴が出来ない事とか敵の爆雷攻撃を受けている間は音響管制の為に換気扇を廻せない為に淀んで汚い空気と艦内の気温の上昇にひたすら耐えると言う過酷な状況だったそうなんです…

水上艦艇の場合は乗艦が沈没しても半数くらいの乗組員が助かる場合が多いんですけど潜水艦が敵の爆雷攻撃を受けて海中でやられた場合は艦長から1等水兵まで全員が戦死してその最後の様子を祖国に報せる方法も無かったそうなんです…

原源次さんは術科学校入校の為に伊17潜を退艦してそのあとは陸上勤務に成った為に生きて復員した訳ですけども世間にあまり知られて無かった『ドン亀乗り』と言われた潜水艦乗組員の亡き戦友たちの戦い振りを後世の人たちに遺そうと考えて手記を書いたそうです...

大日本帝國は延べ174隻の潜水艦を以て対米英戦争を戦いましたが131隻が戦没したそうです...

対米英戦争開戦時に既に艦齢が古くて実戦には使われ無かった潜水艦もかなりありましたので被撃沈率はかなり高かったはずだと思います...
撃沈された潜水艦乗組員の戦歿将兵は1万名以上だったそうです…

ドン亀と言われた潜水艦の中で黙々と戦って1万人以上の人が戦死しました…

(青島文化教材社)
空母ヨークタウンを撃沈した伊号168潜水艦です…

(潮書房光人社)
当時の潜水艦の性能から言って潜水艦と言う物はドイツ海軍のUボートの潜水艦部隊のように速度が遅い輸送船や武装商船を撃沈する通商破壊作戦に使用すべき兵器だった訳です…

それなのに日本海軍は潜水艦部隊に空母や戦艦などの速度が速い戦闘用艦艇を攻撃するように命令した訳です…

水上艦艇に比べて海中を進む潜水艦は速度が遅いので同一方向を進む敵機動部隊を追撃するように命令を受けて全速走行をしても追い付けない訳です...

敵の空母や重巡洋艦を撃沈した殊勲の伊号潜水艦も何隻かありましたけども敵機動部隊が自艦の方に向かって来たとかT字路的に敵艦隊が横向きに航行する場合以外は速度が違い過ぎて雷撃の射点に着く事が出来なかった訳です…

輸送船団と違って敵機動部隊の場合には護衛の駆逐艦の数も多かった為に位置関係の僥倖を得て雷撃に成功した場合も敵艦隊の輪形陣に肉迫して近距離からの雷撃を敢行する形に成りますので伊号潜水艦は急速潜航して敵に位置を察知されないように音響管制をして息を潜める訳です…

頭上を敵駆逐艦部隊に囲まれて爆雷攻撃で制圧されますので雷撃に成功しても爆雷攻撃で撃沈されて生還出来なかった潜水艦が多かったんです...

(麦ねこ提督)
伊号19潜水艦の雷撃を受けて四本の魚雷が命中した空母ワスプです…
画像は麦ねこ提督さまからお借りしました。

米国側の記録ではワスプに命中した魚雷は3本だったそうですけど当時の伊号第19潜水艦の聴音室の士官の人が書き残した記録にはズシンと言う命中音が四回聴こえたと書いてあるそうです…

(Wikipedia)
ワスプ撃沈時の伊号19潜水艦の艦長の木梨鷹一少佐です…

木梨鷹一(きなしたかかず)
生誕:明治35年3月7日、大分縣
死没:バシー海峡、戦死後海軍少将
海兵期別:51期

木梨鷹一さんは海兵(海軍兵学校)の卒業成績(席次)が255名中の255番で最下位だったそうです…

木梨さんは出世の為の学校の勉強をせずに最下位の席次で卒業した人でしたけども実戦指揮が上手くて戦(いくさ)に強い指揮官だったそうです…

木梨さんの人物像に付いては「禅僧のような人だった」と言う証言があるそうです…

「魚雷戦用意、前部発射管注水」
「発射管注水、ヨーソロー」
画像はmy.coocan.jpさまからお借りしました。(my.coocan.jp)

昭和17年9月15日、サンクリストバル島東南海域を索敵哨戒していた伊号第19潜水艦は1045(午前10時45分)に基地航空隊の索敵機に拠る「空母ヲ含ム敵艦隊発見セリ」と言う索敵情報の電文を受信した第1潜水戦隊司令部より方位300度方向への散開線の移動を命じられたそうなんです...

(麦ねこ提督)

伊号19潜水艦のワスプ撃沈は僥倖に恵まれていたそうです…

それまでソロモン諸島南方海域の散開線で日本の潜水艦は何度か敵機動部隊や戦艦や重巡の艦隊を発見してましたが速度が違い過ぎる為に雷撃可能な距離まで肉迫する機会は殆んど無かったそうです…

日本の九五式酸素魚雷は外国の魚雷に比べて航続距離が非常に長くて1万2千mも魚雷は走り続けるんですけども魚雷の雷撃と言う物は小銃射撃のように1点を狙撃するような物ではなくて的速(敵の艦の速度)と魚雷の速度と射角を計算して敵艦の未来位置に対して四本から六本の魚雷を発射して弾幕の網で捉えると言う物なので遠距離からの雷撃は命中率が低いので挺身肉迫雷撃をしなければ成らない訳です…

雷撃距離900mくらいまで敵艦隊に挺身肉迫しての雷撃ですと当然ですけども雷撃後に敵の爆雷攻撃で制圧されて伊号潜水艦も撃沈される率が高く成る訳です…

米国海軍の駆逐艦の速力が38ノット(時速70キロ)と考えますと戦闘全速の速度の場合に900mの距離を46秒で来ますから雷撃後に伊号潜水艦が急速潜航してから1分以内には爆雷攻撃が来ると言う事だったそうです...

画面右が駆逐艦オブライエンで画面左側が1万メートル先の空母ワスプみたいです…(my.coocan.jp)

伊19潜は潜航哨戒中の15日0950(午前9時50分)に聴音器が敵艦隊のスクリュー音を捉えたそうです...

1050に潜望鏡深度に浮上して木梨艦長が敵情観測をしたところ空母を含む敵艦隊と言う事が確認されましたけど距離1万5千mで而(しか)も敵の進路は遠ざかる態勢で雷撃出来る状況では無かった訳です…

木梨艦長は敵が変針して方向を変えて雷撃可能な態勢に成る場合もあるのでそのままの進路で粘り強く追跡しながら時々潜望鏡で確認したそうです...

猛火に包まれる空母ワスプです…
画像は麦ねこ提督さまからお借りしました。(画像:麦ねこ提督)

1213に観測したところ敵艦隊は220度方向に変針していたので伊号19潜水艦は敵艦隊の前程に変針して更に追跡したそうです...

1413の観測時の態勢は方位角が90 度に近くてあまり良い態勢では無かったそうなんですけども攻撃を決意して雷撃前の最後の観測を行なったところ敵は更に変針して方位角50度と言う絶好の態勢に成ったそうなんです

方位角:右50度
距離:900m
的速:12ノット(時速22キロ)
雷数:六

Wikipedia にはワスプに対する命中魚雷は3本と書いてありますのでその説を採用しますと1345に空母ワスプに3本の九五式魚雷が命中して格納庫内の飛行機や爆弾及び航空ガソリンなどに引火して大火災のあとに大規模な誘爆を起こしたそうです…

被雷から30分後の1420に総員退艦が発令されてそのあと上級司令部はワスプを処分する事に決定した為に味方駆逐艦に魚雷で雷撃させて2000(午後8時)に空母ワスプは沈没したそうです

大日本帝國海軍の秘密兵器九五式酸素魚雷は1万2千m(12km)の航続距離を持っていると言う事と魚雷の雷跡(航跡)が殆んど見えない為に発見が遅れて雷撃回避が難しいと言う優秀な魚雷だった訳です…

ワスプを逸れた残り3本の九五式魚雷はそのまま海中を疾走してワスプ部隊から1万メートル離れて作戦行動していた第17任務部隊(空母ホーネット、戦艦ノースカロライナ及び巡洋艦3隻、駆逐艦7隻)に到達してワスプ被雷から7分後の1352に対潜哨戒の為に前方にいた駆逐艦オブライエンの右舷艦首部に命中してオブライエンの艦尾を躱した残り2本の魚雷は更に疾走してその内の1本が1353に戦艦ノースカロライナの左舷の第1砲塔下部に命中して2隻を戦線離脱させました...

オブライエンは修理の為に本国に回航する途中で沈没したそうです…
戦艦ノースカロライナも被雷に拠る浸水で内部が海水に浸かった第1砲塔の修理の為に本国に回航されて修理の為に3ヶ月戦線離脱をしたそうです…

ワスプを撃沈された第18任務部隊の駆逐艦部隊は伊号19潜水艦に対して激しい爆雷攻撃を行なった訳です…

8時間に渡る対潜攻撃で米海軍駆逐艦部隊が投下した爆雷は実に80発以上に及んだそうですけども伊号19潜水艦は耐え抜いて離脱に成功したそうです...

木梨艦長は昭和17年11月に海軍中佐に進級して昭和18年10月に伊号29潜水艦長に転じたそうです…

伊号29潜水艦は同盟国ドイツとの連絡の為に当時ドイツが占領していたフランスのビスケー湾のロリアンまで行って物資を交換する遣独潜水艦として予定されていた重要任務の潜水艦だった訳ですけども木梨艦長の操艦と航海技術を見込まれて推挙されたそうです…

木梨艦長は任務を成功させてドイツが欲しがっていた東南アジアの物資(キニーネ、錫、タングステン、生ゴムなど)をドイツに届けてドイツから電波探信儀などの新兵器を無事にシンガポールに持ち還りました...

伊号29潜水艦は整備を終えてから7月22日にシンガポールから内地に向けて出港したのですけど7月25日に台湾とルソン島の間にあるバシー海峡を水上航行中に米海軍潜水艦ソードフィッシュからの雷撃を受けて撃沈されて下士官1名の生存者以外、木梨艦長以下全員が戦死したそうです…

伊号第19潜水艦は木梨艦長の次に小林茂男少佐が艦長に成って同時に第2潜水隊の司令潜水艦と成ったそうです…

昭和19年10月19日にギルバート諸島に米軍が来襲した際にこれを迎え撃つ為に伊号19潜水艦はクェゼリン泊地から出撃して10月25日にマキン島西方50浬地点にて米海軍駆逐艦ラドフォードから爆雷攻撃を受けて戦没して第2潜水隊司令岩上英寿大佐、艦長の小林茂男少佐以下乗員105名が全員戦死したそうです…

日本海軍潜水艦部隊は延べ174隻の潜水艦を以て米英と戦ってその内の131隻が戦没して1万名以上の乗組員が戦死しました...

城太郎は(日本海軍潜水艦部隊、能く戦えり)と思うんです...

『ドン亀』と呼ばれた潜水艦に乗って過酷な状況の中を必死に戦って死んで行った戦歿将兵の方たちの御冥福をお祈り申し上げます...

南十字の輝きに
遥か故郷を偲びつつ
同胞(はらから)護る任に就き
散りし我が父、永遠(とこしえ)に
嗚呼、英魂の碑に眠れかし
(軍歌:英魂の碑に眠れかし)

海行かば...日本潜水艦隊能く戦えり (完)

P.S.👉️本日の大日本ゴクウ団城太郎ブログ編集部お勧めBGM 曲は水前寺清子さんの歌唱版の『海軍小唄(ズンドコ節)』です

次回のブログに続きます...

(FORO TV, MÉXICO)
「次回のブログに続くそうです」

(萬山天鬼事務所©)
「次回もゴクウ団城太郎ブログをよろしくお願いします」

(萬山天鬼事務所©)
「次回もよろしくお願いします」
※無断転載はお断りしてますのでよろしくお願いします。