【高潔な動機】
以上、私が、カトリック教会の支援の下に起こった悲惨な歴史的事件ばかりを、あえて話しているという印象を与えてしまったとしたら不本意である。プロテスタント教会でも、数々の同じような悲劇が起こっていたことにも触れておかなければならない。
アメリカの子供たち学校で、1620年に180トンのメイフラワー号に乗って、イギリスから男女合わせてほぼ百人の清教徒がアメリカにやってきたことを教えられる。清教徒たちは、11月の半ばに今日のマサチューセッツ近郊に上陸した。すぐに最初の冬を過ごすことになったが、大陸の北東に位置するこの地域は、雪が非常に多く、冬が厳しい。もし先住民のたちが持てる力の全てを傾けて彼らを助けてくれなかったなら、彼らはこの冬を生き延びることはできなかったであろうと、彼ら自身の記録が伝えている。それなのに、その半世代の後には、この地方にはもう一人の先住民も住んでいなかった。病死し、あるいは撲殺され、射殺され、また追い払われたのだった。
オーストラリア人の親友が、オーストラリア大陸が発見されてから200年の華やかな式典が終わったとき、私にこう言った。
「この大陸に入植してきた開拓民たちは、先住民をタスマニア島の狼のように撃ち殺したのです。毎日曜日、牧師は開拓民たちに、オーストラリア先住民は神が自分の姿に似せて造ったのではなく、悪魔の姿に似せて造ったのだと説教しました。そのことを考えると心が痛むのです」
ハワイでは、ハワイの女性が今でも、丈が長くて風通しのよいムームーを民族衣装として着ているのは、19世紀初めにアメリカ本土からやってきた清教徒の宣教師たちが罪深い裸体を隠すために考案したからだという話をよく聞かされる。それ以前は、彼女たちは短い葦のスカートを穿いて、上半身は何も身につけないでいたという。
ハワイのキリスト教化を機に、以前は50万人を数えていた楽園の人口が、50年たつかたたない内に5万人に減少してしまったことを知ると、色彩豊かなムームーの衣装にも長い影が落ちてくるのである。
(『驕れる白人と闘うための日本近代史』 第9章 高潔な動機―「白人奴隷」を商品にしたヨーロッパの海外進出 より)
欧米においては、自分たちの歴史こそ世界史であり、自分たちの生き方にこそ文明の名にもっとも相応しく、地球上のあらゆる民族は欧米文明の恩恵に浴することによって後進性から救われたと教えられてきた。
だから彼らの潜在意識の奥深くには、確固たる優越感が入り込んでいる。
これに対し、著者は、江戸期の鎖国日本は経済的社会的にみごとなまでのバランスのとれた「小宇宙」社会を形成しており、人間と自然の共生に心を砕いていたと史実を示す。
それは同時代ヨーロッパの、すべてを侵略征服せんとする拡張謳歌精神とは正反対だと指摘する。
ヨーロッパの世界侵略は、その「小宇宙」を壊したのであり、それを「文明開化」と解釈するのは大間違いだと言う。
この、ヨーロッパのほうが野蛮だった、とういう主張は、ドイツで大きな物議をかもしたが、同時に今や、世界人口の急増と資源の枯渇を前にして、欧米でも「小宇宙」日本の共生思想に目覚め始めている。
欧米人の優越意識を覆すためにドイツ語で刊行された書を、今度は日本人の劣等感を打ち破るために、邦訳出版する。
大航海時代の到来以後、全世界を発見、征服した「偉業」に対する欧米人たちの誇りを根底から覆す書。
