いわゆる「保守派」はこの件に関して、おかしな
すり替えや誤魔化しで乗り切ろうといしてるように思えます。

信教の自由があるから、規制するのは難しい問題だ、というのは一番多く耳にしますが、
これは「カルト」であって、本当の宗教とは違うと思います。
宗教は人の心を救うはずです。
信者本人が良くても、その家族が
塗炭の苦しみを背負わされ、あげく家庭崩壊にまで至らしめたら、
それは「宗教」とは言えないと思います。




私なりの(カルト)識別は
まずは法外な献金を要求する。
身内と連絡を取らせない。
最初のきっかけは正体を隠している、
などです。

特に、金銭要求はこういう団体に限らず、
人間関係においても「詐欺」の可能性が高いと
思っています。
あと、その組織に入れと強要してくるのも
ダメです。



神社を考えてみれば、
いつでもそこにあって、来るものを受け入れます。
お賽銭はいくらでも良いのです。
行きたければいけるし、嫌なら行かなくていい、
どんなノルマもない、
しかし連綿と続いてきた歴史の重みがあります。

神社の森の中を歩くとなにかしら
厳かな気持ちになります。

ただ、そういう「カルト」にハマってしまう人の中には
現実社会で追い詰められ、耐えがたい苦しみを
抱えて生きている人もいるかも知れません。
そういう社会的弱者への、世間の温かい目が
必要ではないかと思います。


すべてが「自己責任」で済む話ではないのです。