稀代のスケーターが「スケートは一切やめようと」思わせたものは・・・。 | 翡翠のブログ

    浅田真央さんの今に迫る。「昨夏、スケートは一切やめようと思ったんです」

    5/9(水) 23:01配信

    集英社ハピプラニュース

    目を細めたくなるほどまばゆい春の陽光が差し込む中、穏やかな笑顔をカメラに向けた。その表情は、無数のフラッシュが注がれる中、涙をこらえて引退を発表した1年前と明らかに違う。リンクの上で可憐に舞い、世界中を魅了してきた天才少女も、今やモア世代の27歳。将来に悩み、ときに立ち止まり、揺らぎながら出したプロスケーターとしての新たな道。そして、ひとりの女性として思い描く意外な未来。転機を迎えた今の思いを聞いてみた。

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    浅田真央さんの「27歳の現在地」とは!?

    羽生結弦選手や宇野昌磨選手など、日本のフィギュアスケート勢の活躍により大いに盛り上がりを見せた平昌五輪。かつてそのオリンピックという大舞台で、世界中の視線を一身に集めていた浅田真央さん。

    「選手だった頃は、やってきた努力の成果を試合で出せた時の達成感やメダルを取れた時のうれしさがありました。でもそれだけ結果を求められるし、自分も求めてしまう。だから競技に戻りたいとは思っていません。アイスショーで滑りたい。今はその気持ちのほうが強いです」

    アイスショーとは、5月から全国10都市で開催される「浅田真央サンクスツアー」のこと。真央さん自身が発案し、企画をスタートさせた。オリンピックの喧噪の中、新たなチャレンジに取り組んでいたのだ。

    「実は去年、引退を発表した後に出演した夏のアイスショーを最後に、スケートは一切やめようと思ったんです。でもいざスケートがない生活をしてみると、頭の片隅で考えてしまう自分がいて。たくさんの方から『まだ観たい』というお手紙やお声をいただいた時に、感謝の気持ちをお伝えしたいなと感じました」

    アスリートとして極限まで自分を追い込んできた彼女が決断したスケートとの別れ。その考えをひるがえし、再びスケート靴をはくことを決めるまでには、当然、葛藤があった。

    「毎日スケートに情熱を注ぐ覚悟もなかったし、お客さんが来てくれるのかなっていう不安もありました。

    でもショーをやることを思いついた時、最初に姉の舞に『どう思う?』と相談したんです。

    そしたらすぐに『いいと思うよ! 私も協力する』と言ってくれて。

    舞がいるなら心強いと思い、すぐに決断しました」

    プログラムや選曲、衣装など、プロデューサーとしてすべての選択に関わっている。

    マネージャーからは「キャストにもめちゃくちゃ真剣に指導してますよ」という証言も。

    「スケーターを募集してオーディションで選ぶのも初めてのこと。

    ほとんどが年下ですし、やるからにはいいものにしたい。先生もいないので、日々改善しながらみんなで上を目指したいと思っています。プロデューサーが向いているかわからないけど、とりあえず今は、目の前にあることを必死でやっています(笑)」




    誘惑に涙…見たことない「座長」浅田真央さんがいた

     久しぶりに目にする浅田真央さん(27)の滑る姿は、本当に美しかった。5月2日、彼女が初めてプロデュースしたアイスショー「浅田真央サンクスツアー」の公開リハーサルが新潟市で行われた。午後6時すぎ、翌日の開幕に向け設営されたばかりの会場に足を入れると薄暗い照明の中で、真央さん、姉の舞さんらメンバー全員がまだ細かな振り付けを確認していた。私たち報道陣が座らせてもらったのは、パイプイスが並べられた最前席。手の届きそうな距離で、カメラを構えながらショーを眺めた。

    「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん
    「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん

     ゴスペルの曲が流れ、黒いマントをかぶり顔を隠した1人のスケーターが登場する。マントの下からのぞく脚と、その滑らかな動きでそれが真央さんだと分かり、それだけでこれからどんなショーが始まるのかドキドキした。しばらくして、フードを取った真央さんの顔にぱっと白い照明があたる。前をにらむ挑戦的な目、そして笑顔。ころころと変わる表情に思わず目がいった。マントを脱ぎ、銀色の衣装になると今度は出てきたメンバーらと顔を見合わせながら、楽しそうにダンスする。そのわずか5分程度のオープニングだけで、彼女がいかに楽しんでいるかが伝わってきた。その後に続く、「踊るリッツの夜」や「すてきなあなた」など現役時のプログラムではアレンジを加えた振り付けを披露。男性スケーター数人とあやしく絡みながら誘惑する動きには、こんなの見たことあっただろうか…と驚かされた。そこには、今までとは何かが違う、新しい浅田真央さんがいた。

    「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん
    「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん

     30分の公開リハーサル後に取材に応じた真央さんは「形になって良かったなと思いました」と涙をこぼした。このショーは、それだけ真央さんにとって大きな意味をもつ、新たな挑戦だった。昨年8月、集大成として臨んだ名古屋、大阪でのアイスショー「ザ・アイス」を終えると、真央さんの心にぽっかり穴があいた。現役時代に抱えてきた「重いものが、自分の体の中から抜けた」と解放感を感じる一方で、次にどこに向かえばいいか分からない。スケート靴を捨てるかどうか、何度も迷った。

     そんな中、ファンの声が新たな道のヒントを与えてくれた。「(ザ・アイスで)感謝を伝えられればいいかなと思ったんですけど、『もっと真央の滑りをみたい』『見られていないよ』という方が多くて、2回だけのショーで終えてしまうのは、まだみなさんに感謝の気持ちを伝えきれてないんじゃないかなと思って」。思いついたのは、自分が地方へ出向き、なかなかフィギュアスケートを生で見られない人たちの前で滑ること。さらに、価格を抑えて手軽に見られるよう、限られたメンバーでやることだった。

     もっと、多くの人に感謝を伝えに行く。その目標を立ててからの真央さんの行動は早かった。昨年10月に姉舞さんにこのアイデアを明かすとともに準備を開始。まず、一緒に滑るメンバーを公募した。ある程度の技術を要するフィギュアスケート6級以上を条件としたが(上は8級まで。シニア大会出場は7級から)、年齢、経験は問わず。ビデオ審査だけでなく、1月に真央さん自らの目で滑る姿をチェックし、18歳から29歳まで男性3人、女性4人計7人を採用した。そこから約3カ月半、2人の子を持つママスケーターや、日本に住むモンゴル人女性、真央さんの影響でスケートと日本語を学んできたというスペイン人男性など多種多様なメンバーとともに、ゼロからショーを作り上げてきた。

    「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん
    「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん

     従来のショーは、トップスケーターらがそれぞれのショーナンバーや、新しい競技プログラムを持ちよって滑る形が多い。高級菓子を少しずつつまむような“詰め合わせ”のショーも楽しいものだが、この「サンクスツアー」はまったく違う魅力を持つ。真央さん自身も「今までやったことがない。新しいもの」と話すように、“浅田真央”という軸に沿って、じっくりと作り上げた、1つの舞台に近いものと言えるのではないだろうか。関係者は「おこがましいからと、本人はそう呼ぶのを嫌がるのですが、イメージとしては『真央カンパニー』なんです」と明かす。演目は、過去に真央さんが使用した曲が中心。それにお客さんがより楽しんでもらえるよう1つずつアレンジを加えている。競演する無良崇人さんは座長としての真央さんを「率先して、全部アイデアを出してくれて、やりやすかった」、姉舞さんは「頼れるリーダーです」とそれぞれたたえた。

     何より座長として彼女自身が滑りを磨いてきた。「最初は本当に体力も(なく)、体も現役の時より大幅にオーバーしていたので、そこから長い時間練習を積んで…。久しぶりに選手生活のような練習をしました」。スケートに新たな楽しみを見つけた真央さんは、もう靴を捨てようとはしないだろう。

     このショーは、5月から11月にかけて新潟、長野、北海道、茨城、埼玉、山梨、福島、神奈川、福岡、広島の順で10カ所をまわる予定だが、真央さんは「来年も続ける予定です」とさらに多くの場所へ行くプランを明かした。日程調整、自治体の協力などショーの開催にはさまざまな困難が伴うが、大きな力となるのが「見たい」というファンの声だ。「私の街に来てください」と声をあげれば、あなたの街にも真央さんが来るかもしれません。【高場泉穂】

     ◆高場泉穂(たかば・みずほ)1983年(昭58)6月8日、福島県生まれ。東京芸術大を卒業後、08年入社。整理部、東北総局を経て、15年11月から五輪競技を担当。

     

    (転載終了)




    真央ちゃん、一時はスケートを辞めようとさえ思いつめていたこと。

    今までも告白しているけれど、どれだけ追い詰められていたのかと思うと

    胸が痛みます。



    新たな目標を見つけ、それに向かって一心不乱に

    突き進む姿は現役の頃と変わりませんね。



    彼女を追い詰めたものが許せない気持ちです。

    真央ちゃんはそんなこと、風のようにさらりと受け流し、

    軽々と乗り越えて今、成功を収めています。


    まさに「真央カンパニー」ですね!!

    一から作り上げねばならず、大変だったと思いますが

    それを実現させてしまう「力」

    さすがです。