「救済」とは全く誰も異議を挟めないような崇高な響きを持つ


美しい言葉です。


故に、ふと、異論をさしはさむのが憚られるような気さえ致します。


しかしです。親が保険料を払わない、または初めから保険に加入していない『無保


険』でも、子供に罪はない、と言う趣旨は


良く理解できるのですが、無保険でも子供だけは、


「無保険」状態から救済する、となるとその善意を悪用する考えも出て気はしません


かね。大人よりは子供のほうが病気に罹りやすいですし、


大人なら無保険でもちょっと位のことなら、医者に行かずに済ませる事も可能かもし


れません。


それ故に子供を「救済」しようという発想が出てくるのもわかります。



ただですね、これは子供に罪はないとは言っても、みなしごでもない場合は


「親」に責任があるのではないのですか。


払えないほど困窮しているのか、横着で払わないのか、というのも


個別に調べないとワカリマセン。



給食費未払い問題でもそうですが、親の無責任であって、


子供に罪はないからと、「ただ」で食わせているのが常態化していますが、


本質はどうなのか、と突き詰めて考え直してみることも必要ではないのでしょうか。



厳しいようですが、子供に罪はなかろうが、支払いがないものは


与えられるべきではないのです。



こういう「特例」を許してしまえば、いくらでもたがが緩んで


不心得な考えの人間を増やしてしまわないかと言う懸念があります。


医療の場合は、「命」に関わりますから


「金」の問題ではない、税金を投入してでも子供を救わねば、と


言われれば、「救うな」とは誰も言えないでしょう。



が、しかし事情にもよりますが、基本的には支払いのないものには


受ける権利はないと思います。



ここで言いたいのは、「真面目に支払っている者の身にもなれ」



という事です。こんなことがまかり通るなら、じゃあもう、無理して高い


保険料など払うのはやめとこか、と思う人間も出てくるだろうと思います。


保険の理念は、相互扶助が基本だそうですから、それが


保険料支払ってない人にまでそれが適用されるとしたら


その理念を自ら壊してどうするねん、と問いたいのです。



真面目にやっている人間に対する報いがこれですか。


不真面目な人でも恩恵にあずかれるんですね。


真面目にやらなくても良い、と国が認めたのですね。



虚しいですね、不公平ですね。


人情があるようでないような気がします。


『弱者』を救済しているつもりなのでしょうが、本当の弱者とは


誰なのでしょうか。




ギリギリの暮らしのなかで無理をしてやっとのことで


納めている「保険料」だったり「年金」だったり「税金」だったりする訳です。


その搾り出した『保険料』『税金』が、納得がいかない使われ方を


して欲しくはないのです。


「子供」をダシにして、異論をはさめぬような空気を作るのは


とても卑怯な気がします。