寂聴さんが、まだ作家を目指して
いた頃の話。
すでに文豪だった丹羽文雄は、
文壇の長谷川一夫といわるほど
の美男子だった。
若き日の丹羽文雄(なかなかのイケメンだった)
丹羽は、後進育成のため、自費で
「文学者」という同人雑誌を発行
していた。
それを知った寂聴さんは、大胆に
も「文学者」に入れてほしいと
手紙を出した。
(この人は本当に大胆だ)
丹羽文雄 画:横尾忠則
期待してなかった返事の葉書が
すぐ来て、毎週月曜日が面会日
だから自宅に来てもいいという
文面だった。
これで丹羽家へ出入りが始まった。
数年して寂聴さんも作家となった
ある日、座敷で丹羽夫人とお茶を
飲んでいると、話が丹羽さんの
艶聞に及んだ。
夫人いわく、若い頃から最近まで
色々とあったそうだ。
夫人は腹を立てると、
「着物を買ってやるの。私の着物
は丹羽の浮気の数かしら」
話が弾んで、襖奥に並んだ箪笥を
開いて見せてくれた。
突然、二人の背後から声がした。
丹羽文雄 画:横尾忠則
「俺はこんなにしていないよ」
いつの間にやら丹羽が2階の書斎
から降りて来て、一部始終を聞い
ていたらしい。
二人はびっくり仰天したが、
それから笑いが止まらなかった
という。
瀬戸内寂聴「奇縁まんだら」より
著:瀬戸内寂聴
画:横尾忠則
発行:日本経済新聞出版社